Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

八丈島・青ヶ島(0) プロローグ

Четыре года назад, счастье было так близко.

Я был счастлив.

И Я был уверен в себе.

(まいにちロシア語2019年9月号 初級編 第68課より一部改変)

4年前の6月、青ヶ島八丈島に旅行した。初めての夜行船、朝焼けの中で海に浮かび上がる御蔵島、八丈富士からの景色、そして青ヶ島という世にも不思議な場所…全ての体験が新鮮だった。そしてあの頃は全てがあった。何もかもがうまく行っているように思え、親戚も友人にも恵まれ、私は幸せだった。そしてそれは永遠に続くかのようにさえ思われたものだ。

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2017年6月初旬に訪れた際の青ヶ島。快晴だった。

しかしながら人生はそううまくはいかないもの。その数ヶ月後からあることをきっかけに、様々な憂き目に遭っていくことになる。そしてれに対する行動の結果が今に繋がっているわけである。その半分以上は自分ではどうしようもないことだったとはいえ、悪い「流れ」というのは確実に存在するものだ。そして何事も崩れ始めるとあっという間であることよ。

 

最近の自分には感動が欠如しているように思っていた。気晴らしに小旅行に出かけても、あたかもガラスのショウウィンドーから物事を眺めているかのように現実味がなく、心に届かない。そのガラスは何でできているのか。過ちに対する大きな後悔か、またはこなさねばならない社会的義務の蓄積か、もしくは忌まわしき新型コロナウイルスにより最大の趣味であった海外旅行を取り上げられたことによる無力感か。感情の籠らない空虚な言葉ばかり生産され、決して本質には至ることができない虚しさがあった。まるで三途の川の石積み、シシューポスの神話のようだ。虚しい日々を過ごしながら、かつて自分の感情が生き生きとしていた頃はいつだったかを考えていた。そこで思い至ったのは、上に書いたような八丈島青ヶ島に旅行した頃の記憶である。それはジャーヒリーヤ時代*の如き大いなる遺産として自分の中に刻まれていた。

楽しかったなあ。

そしてあの頃歩いていた人生の道はまっすぐで、迷いがなかった。

今思えば、あの頃の自分は何も知らなかっただけなのかもしれない。しかしだからこそ物事をまっすぐ見つめることができたし、本当に大事なものが見えていたのかもしれない。

一度自分をリセットし見つめ直すことが絶対に必要だと思っていたし、自分の本来の感性を鈍らせるこのガラスのショウウインドーを破壊しなければいけないと思った。闇の中を手探りで歩いているような心理状態ではあったものの、光を探さねばならないという意思だけは固く残っていた。そこで、自分の人生がマイナス方向に進んでいく前の体験に自分を置くことで、自分をその分岐前の状態に戻し、良い選択をしていくきっかけにしようと思った。それに、八丈島青ヶ島では当時の旅行の計画上、もしくは自分の無知ゆえに体験できなかったことがいくつかあった。そういう意味で二重、三重の意味でチャンスと思った。

しかしまあ、このような精神状態であったので、自分の中でも今ひとつ決断がつかず、青ヶ島旅行を計画的に行う決め手となるヘリコプターのキャンセル待ち予約だけお願いし、とりあえず投げやりな気持ちでいた。ところがどういうわけか、運命というのは不思議なもので、その数日後にキャンセルが出たとの電話が来て呆気なくヘリコプターの予約が取れてしまう。また、例年は7月中旬というのは梅雨が明けるか明けないかで天気がぐずつくことが多いが、週間天気予報を見ると晴れマークが並んでいるではないか。なんという僥倖。そういうわけで、初め乗り気でなかったはずの八丈島青ヶ島行きはトントン拍子で決まってしまった。

 

自分としては、旅行の目的をはっきりさせることが、旅行満足度を高めるための鍵だと思っている。過去もそうだった。イランを旅行するのにははっきりとした目的があったし、だからこそ目的意識を持って予習ができたし、実際に学んだことも多かった。今回の旅行の目的は、「過去に八丈島青ヶ島で体験できなかったことをする」こと、そしてもう一つ、これは他人にとってはゴミのようなことかもしれないが自分にとっては一番大切なものである、「自分自身の再生」である。

 

なお、今回は旅行から帰ってきて間もないが、早めに記録を残すことにした。

記憶というのは友人の言葉を借りれば「あたかもウイスキーのように」熟成されていくものだが、しかし同様に時間が経過すればするほど、記憶というのは少しずつ改変され美化され、新鮮さを失っていくもの。青ヶ島特産の青酎でいえば、「酸味がなくなり、まろやかな味になる」わけであるが、この「酸味」の部分が大切であり、不快な風味でもあるかもしれないがまた一部のファンを強烈に惹きつけるのも事実である。なるべく新鮮な記録を、記憶が確かで生々しいうちに残しておきたい。そう思い、つい先日の記録であるが書き残すことにした。

 

なお今回のこの旅行は、新型コロナウイルスが流行していない世界線で行われた架空の体験であり、現実世界とは一切関係のない空想である。そのため、この記事を当てにして私の行動を非難されたとしても、私には関係のないことであることに強く留意されたい。

 

そして日にちが前後してしまうが、この一連の八丈島青ヶ島の記録を完成後、ウズベキスタンの記事を再度作成していく予定です。

 

*イスラーム以前のアラブ時代のことを指す。ジャーヒリーヤ(جاهلية)とは「無知であること」、すなわちイスラームを知らなかったという意味である。この時代アラブ人は部族間での抗争が絶えなかったものの、素晴らしい詩が多く残され、それは現代においてもアラブの精神性を引き継ぐ大いなる遺産と目され、尊重されている。