Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

شكر

つい先日、八ヶ岳に登ってきた。

八ヶ岳を訪れるのは3年ぶり。1年に1回は一緒に登山する仲の知人との登山である。

この知人は私が初期研修の頃に出会った某〇〇○科医で、人生の大先輩である。かつては登山の記録をいちいちつけていたけれども最近どうもめんどくさくなってきてしまったので、今回は登山の記録ではなく、この人について書こうと思う。これまた過去の記憶を辿る旅である。過去志向、いい加減よろしくないと思っているんだけど、未来のことばかり語っても詐欺師のようになってしまう。バランスが難しいところだな。

 

さてさて、時代は初期研修の頃に遡る。

大学医学部の授業やポリクリの内容が単調であったことから大体推測はついていたけれども、初期研修が始まってから、医者の世界というのは仕事のこと以外にはろくに趣味も教養もない人間が多いことを実感し辟易していた。(何回も同じようなこと書いて申し訳ない。)もっとも全員ではない。ちゃんとした自分の考え、趣味を持つ豊かな世界に生きる人もいるけれども、彼らが神に思えるほどに貧相な世界に生きている人が多かった。平均的なキンムイの娯楽といえば性的快楽に耽り、アルコールの悦楽に耽る程度。いくら忙しくても人生を豊かにする方法などいくらでもあるはずなのに、正直つまらんなこいつら、と思っていた。もっとも彼らは低俗な快楽以外の存在、そしてそれを大切にする人々は評価に値しないわけで、彼らにとって私は意味不明なことをぶつぶつ言っているのと変わりがないというわけである。そんな中、彼との出会いは麻○科ローテーション中のオペ室だった。

麻○科は私のもっとも苦手な科で、朝は無駄に早く夜型の自分には堪えるし、職場は日光が見えず陰気くさいし、センセイ方の気質は男性は陰気くさく女性はキレやすい(すみません例外はもちろんあります)。医療の苦痛な側面を集めたような科に感じられて大変陰鬱な1ヶ月であったが、そんな気分である日陰気なオペ室の扉を開けると、なんとパソコンの前でアルジャジーラの話をしている人々がいるではないか。面白そうな人々だな。そう思って話しかけてみた。自分がアラブの文化に興味を持ってアラビア語を勉強していることなど。そうすると彼らは目を輝かせて自分の話を聞いてくれた。仕事以外の知識に価値などないと言わんばかりの人々の中、彼らの存在は私にとっては太陽の如く輝いていた。ぜひこの人たちのもとで仕事をしてみたいと思い、数ヶ月先のローテーションを〇〇〇科に変更した。これが始まりだった。

楽しみにしていたローテーションでは、仕事だけでなく彼らが部活動の如く自主的に取り組んでいた仕事後のランニングなどの運動にも参加した。無価値だと思わされていた自分の話をきいてくれることが本当に嬉しかった。彼らには自分という人間のことを夢中で話した。今までやってきたこと。受験がうまくいかず悔しかったこと。それがきっかけで語学を始めたこと。大学時代夢中になった登山について。きっと迷惑であったに違いないが、彼らは私の話を否定することなく耳を傾けてくれた。ここに自分の居場所を感じた。彼らのうち一人が登山をするということで、夏になったら登山をしようと約束をした。彼もおそらく最初は口約束程度のものと考えていたらしいが、なぜか木曽駒ヶ岳への登山が実現することになる。2017年9月初旬のことだった。

その後どういうわけか彼との登山が1年に1回のイヤリーイベントになった。それは1年に1回の、とても奇妙で、最高に楽しく、そして嬉しいイベントだった。車の中で彼と色々な話をした。

「〇〇はエッジが効いていていいよねえ。この前東大出身の〇〇科(自分の科の)志望の研修医が回ってきたんだけどさ、どこにでもいるような感じでサ。〇〇の方が全然面白い奴だと思うよ」

「〇〇はさあ、やっぱり外国人と結婚するのがいいんじゃない?日本人はやっぱり合わないと思うなあ。」

「自分に息子がいたら〇〇にぜひ子供を任せてさ、色々教えて欲しいね。」

尖っている人間を排除せずに面白いと思って受け入れる彼の懐の深さには本当に尊敬すべきものに感じられた。そういう私は自身の棘で他人を刺し、傷つけ、排除してきたのである。そう思うと情けなくなるばかりである。彼の車の運転の仕方は穏やかで抑制が効いていて、彼の人間性そのものだなあなどと思った。

年に一度のイベントだから、良いことがあった時はその報告を、悪い時があった時は彼に人生相談をした。人生経験が豊富な大先輩からのアドバイスは老成していながら若者の視点を理解した的確なもので、染み入るような優しさと不思議な重みがあった。

彼の言葉にどれほど自分は助けられただろうか。

 

さて、今年の登山イベントはコロナ禍と悪天候で決行できず、2年ぶりになった。今回は前回ことごとく悪天候で流れた反省を生かして、2週連続で予定日を空けておき、天候に恵まれたどちらかの日程で決行することにした。彼も多忙の中わざわざ2回連続で週末を空けてくださった。感謝しかない。

用意した週末のうち1週目は曇天の予報であったためパスし、次の週の天気予報に賭けた。結果は素晴らしい晴天。北アルプスの白馬岳から富士山までくっきり見える澄んだ晴天だった。

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今回、車の中で話したのはこんなことだった。自分が嘲笑い見下したつもりになっていた人々にも素晴らしい世界があるということ。自分は周りの人に助けられて生きていることに今更ながら気づいたこと。周囲を変えていくためには自分自身を変えていかなければならないということ。(なぜこんなことを思うようになったかというのは、機が熟したらそのうちまた別の項でちゃんと書こうと思う。もっとも早くて数年後になると思う。)

「(この2年のうちに)〇〇はずいぶん丸くなったな。削れたエッジの分で凹みを埋めている感じがする」

「〇〇が人間にそこまで関心を持つとはびっくりだよ。そこまで到達するのにあと10年はかかると思ってたからさあ」

最近はわざわざ自分に会いにきてくれる友人も昔より増えた。彼らにはもちろん心から感謝しているが、(こういう言い方はあまり謙虚ではないのかもしれないが)誰も相手にしないような存在であった自分を暗闇から拾い上げ、光を当ててくださったのは間違いなく彼であった。他人を受け入れる懐の広さ、仕事も趣味も真摯に打ち込む誠実さと世界の広さ、そういうものに心を動かされ、自分もそのようにありたいと思えたのは、彼の存在があってこそである。彼は自分を成長したなどというけれども、ここまで私が成長できたのは、自分という未完成の極みであった人間を受け入れ、偏狭な話に耳を傾け、常に目標を提示してくれた彼がいたからであり、彼の存在なくてはここまで来れなかった。きっと刺々しさに加齢に伴う頑迷さが加わってろくでもない人になっていただろう。そしてそのような彼に出会ったのは、奇妙な運命の連鎖であった。ジョジョではないが人の出会いは「重力」であり、出会うべくして出会うものなのかもしれない。そしてもし神様というものがいるならば、神様にも大いに感謝しなければいけない。

 

最近は感謝というものの大切さについて妙に考えさせられる。自分もそろそろ死期が近いのかもしれない。しかしそれなら尚更、今までお世話になった人には積極的に感謝の意を示していかなければなあ、と思っている。感謝を表明することは、感謝することと同じくらいきっと大切なはずである。まあ、まだあくまで発展途上の身でありやり残したことは沢山あるので、彼に恥じないような人間になるべく日々精進したい。そして来年もこのイベントを楽しみにしている。

なお表題のشكرはアラビア語で感謝の意である。