Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

南インド(6) 水郷地帯とハウスボート

11/29

天気:はれ

5:30 Hotel Sea View発

12:00 ハウスボート(Soma House Boat)

ハウスボートにて昼食、夕食

ハウスボート

 

本日は今回の旅行のハイライトの一つ、ハウスボートでクルーズを楽しむ。

ハウスボートのあるアラップーラまでは、6時間の車移動。アラップーラ周辺は水郷地帯となっており、水路が縦横に張り巡らされている。この水路を貸切ボートでめぐるという、なかなか貴重な体験である。昼食、夕食はハウスボートの専属コックが作ってくれるとのこと。とても楽しみだ。

朝4時半に起床。カーテンを開けると、残念ながらまだ夜が明けていない。こんな好立地のホテルで、朝焼けを拝めないなんてなんだかもったいない感じがする。今回の旅行はインドが自分に合うかどうかわからないので要点だけ回るような感じの旅程にしてしまったが、インドで過ごす日が増えるにつれてやや予定を詰めすぎたような気がしてきた。

 

ホテルをチェックアウトし、昨日のドライバーと合流。体格がよく皮膚の浅黒い、それでいて優しそうな人だ。まだ暗い中車に乗り込み、出発。朝早いにもかかわらず、あたりは巡礼客でにぎわっていた。ドライバーは「寝てもいいですからね」という。暗闇を走っていく景色は単調で、申し訳ないが途中で寝てしまった。しばらくウトウトし、気が付くとヤシの木と山々が美しい地域だった。Google Mapをみると、ティルバナンタプラムという、ケーララ州の州都のあたりを走っていくところだった。

夜が明けてきた。美しいヤシの森が続く

「このあたりはケーララのITの中心なんです」ドライバーは言う。非常に流暢というわけではないが、コミュニケーションをとるには十分な英語を話せる。小さな丘を椰子の枝が覆い、とてもわくわくする雰囲気の景色が続く。市街地の看板はすでにゾウの鼻がのたうち回るようなタミル文字ではなく、丸っこくてかわいらしいマラヤ―ラム文字のそれに代わっていた。

 

ドライバーはココナッツにオレンジと緑のものがあると教えてくれた。そういえば街中で見かけるバナナも見慣れた緑と黄色のものだけではなく、赤いものもある。

「赤いバナナと黄色いバナナって、味が違うんですか?」

と聞くと、

「ちょっと待ってください」

といって車を止め、車を降りた。しばらくすると赤いバナナと黄色いバナナを私に持って来てくれた。

黄色いバナナと赤いバナナ

「食べ比べてみてください」

こんなことをしてくれるドライバーがいるのか。まずは黄色いバナナを食べてみる。見た目は小ぶりだが、とてもフルーティで濃厚な甘みをもっている。次に気になっていた赤いバナナを食べてみる。こちらは少し控えめな甘さと、クリーミーな風味が特徴。どちらも日本で食べるような大きさではないが、風味は日本で手に入るものよりもずっとおいしい。やはりとれたての味は濃厚さが明らかに違う。

ドライバーには感謝し、

「バナナはいくらでしたか?」

と聞くと

「これもツアーの料金に含まれていますから。気にしないでください」

という。チップをせびる徳の低い昨日のドライバーとはずいぶん違う態度に驚き感動したが、昨日のような経験があったからこそまだ彼を完全に信用できないのが少し残念だ。

しばらく走るとゴムの木の畑があると言って再び車を止め、私を近くの木の茂みに案内してくれた。木(調べてみると、これはインドゴムノキではなく、パラゴムノキ)には斜めの溝が掘ってあり、溝の下には桶が設置されている。これはゴムを集めるためのもの。この地域ではゴムが栽培されているらしい。触ってみると白い液体はかすかに粘稠だった。通りの向こう側にはゴムを収集している人がいた。

ゴムノキの畑

さらに車を走らせる。Google Mapを見ると海岸沿いではなく起伏のある丘を縫っていくような遠回りな走り方をしているように見えたが、これはインドで高速道路網がほとんど発達していないからなのだろう。たまに鎌と槌の赤い旗がはためいているのが見える。調べてみるとケーララ州ではインド共産党が強いらしい。

「ところで何か宗教などはありますか?」

というので、私は無宗教だと答える。彼に宗教を訊ねると、少し間をおいて

「私はムスリムです。もっとも、金曜にモスクに行く程度ですけどね」

と答えた。なるほど、確かにそういわれてみると、名前がイスラーム風である。思えば昨日、夕食をどこで手配されているのかがわからず、ドライバーを呼び出してしまったが嫌な顔一つせず来てくれた。彼にWhatsAppで礼を言うと、「Don’t worry. That's part of my job」という謙虚な返答をした。まるでムスリムの「لا شكر على واجب」を彷彿させるような返答で気になっていたのだった。納得である。

「今の首相はヒンドゥー教徒にはいいのかもしれませんが、そうでない少数派にとってはあまり支持できないですね。それに比べればケーララ州政府はとてもよくやってくれていると思います」

モディ首相がヒンドゥー至上主義者であることは割と知れた話ではあるが、原理主義的思想が不和を招き、最終的には害をもたらすことはとてもよくあることだ。インドでいえば宗教的に不寛容なムスリムであったアウラングゼーブの治世時にムガル帝国は最大版図となったが、彼の死後急速に崩壊に向かったのは有名な話だ。最近ではSNSで自分と異なった考え方を認めず、攻撃的な発言を繰り返す集団が目立つようになってきた。不寛容になるのは簡単だし、なんでも寛容であればよいというものでもないのかもしれないが、対立をあおるのではなく共存を目指していく姿勢こそが大事なのではないだろうか、と思わなくもない。それは多くの人間にとって難しいことなのかもしれないが、少なくとも相手の主張とその背景については正しく理解しようとする姿勢が大切なように思う。

そうこうしているうちにドライバーがトイレ休憩を提案した。車を止め、レストランでトイレを済ませるとともに、何か飲み物を飲むか?と聞かれたので、ココナッツジュースが飲みたいと答えた。いろいろ要求がましくてすみません。でも薄い甘さのココナッツジュースはクドさがなくて、この不思議な香りが癖になりそうだ。

ココナッツ

そんなこんなで再びウトウトしてしまった。目が覚めるとあたりは刈り取られたばかりの水田が広がっている。バックウォーター(水郷)地帯にさしかかったようだ。車窓のところどころに細い水路が現れ、水路の縁には家々が立ち並んでいる。

 

水路と水田が交互に現れる道を行き、しばらくすると細い路地に入り、迷路のような路地を進むと、そこが船着き場であった。船着き場には地元の人が使用する小さなボートがあり、そしてそのそばでは、小さなハウスボートを建造中であった。

船着き場でしばらく待つと、本日の宿、ハウスボートが現れた。ボートの上面を覆う竹のような素材を編んで作った屋根がおしゃれな、小ぶりのボートである。ここでドライバーと別れ、ハウスボートに乗り込んだ。

 

木目調のインテリアで統一されたボートの内装はとてもシックで、すばらしい雰囲気。クルーとコックの二人が常務しており、クルーは訛りの強い英語を話していて、半分くらいしか聞き取れなかった。

ボートの窓からは強い日差しが差し込んでくる。水の上を吹き抜ける風は少し熱気をおびており、熱帯のそれだ。エンジン音をたてながら、まるで水上ホテルのようなハウスボートは、波の少ない運河や湖の上をすべるように静かに進んでいく。時折水上ではばたく水鳥の音や、水しぶきを上げて駆け抜けるスピードボート、そしてたまに近づいてくるほかのハウスボートのエンジン音が聞こえる。

 

30分ほど走ると、運河のほとりに船が留まり、昼食の時間となった。昼食はカレー。少し辛さが控えめのカレーは今まで激辛料理で胃が荒れていた自分には助かったが、それほど多くを食べることはできなかった。

木のぬくもりを感じるボートの上で、ランチを食べる

食事ののち、30分ほど休息時間となるから部屋で休んでいるようにと指示があった。エアコンを使えるのは夜間だけなので、扇風機でやりすごすがやはり暑い。インド神話についてあまりに不勉強なままここにきてしまったので、上村勝彦氏著「インド神話」を読みながら、時間を過ごす。しばらくすると、再び船は動き出した。30分ほど船は進み、運河にさしかかるあたりで訛りの強いコックが、島で再び停泊する、マッサージを受けることができるということ、本日の夕食になる魚介類を市場で買うことを指示された。マッサージに興味がないんですよねーとコックに伝えると、とりあえず説明を受けてから断ればいい、とのことだった。

島に降り、マッサージの説明を受けてはみたものの、アーユルヴェーダに全く興味がないし、お金もそれほどもっていないのでスルー。店から出てきたら、例のコックに「いったいどうしたんだ」と怪訝な顔をして言われたので、「興味がないから出てきた」とそのまま起こったことを伝えた。魚市場では大きなオマール海老のような海老を購入した。1匹650ルピー。値段は少し張るが、なんだかおいしそう。買った海老はコックが船へ運んで行った。船へ戻り、運河の方向へ再び動き出す。

よく見てみると、運河の水面が周囲の畑よりも高いところにあることがわかる。まるで木曽三川下流の輪中のようになっているというわけだ。運河はハウスボートだけではなく小さな地元の人の船や定期船が走る。ときおり人々が河畔で洗濯をしているのが見える。この運河は、地元の人にとってはまさに生活の場である。コックがおやつに紅茶と揚げバナナを持って来てくれた。やはり産地直送バナナはフルーティさと味の濃さがすばらしい。

揚げバナナがおいしい

左右の川岸が次第に狭くなり、熱帯雨林の密度が高くなってくる。伝統的なスタイルの船が行き交う運河は、まるで現実離れした絵画のような景色。想像をこえた美しさに、心が躍る。

運河を一通り回ると、先ほどの湖に戻ってくる。次第に日が暮れてきて、オレンジ色の太陽とヤシの木々の黒い輪郭が、まさにドンキーコングの世界観のような…ボキャブラリーが貧弱で申し訳ないが、本当にそんな感じだ。

 

 

日が暮れると、ほどなくして停泊となる。夕食の時間は7時半から。近くにはいくらかのハウスボートが停泊しており、夜間の停泊所となっているらしい。

食堂の電気をあまりつけるとハエが寄ってくるから、電気をつけすぎないようにと言われた。まだエアコンのつかない部屋で、扇風機をつけながら本を開く。貸し切りのボートでゆっくりと読書にふける時間は、なんと豊かなことだろう。

7時半になると、コックが料理を持って来てくれた。インド風鶏のから揚げ、各種カレーに加え、お昼に買った海老を焼いたものを作ってくれたようだ。手の部分の肉もわざわざきれいに解体してスパイシーな衣をつけてある。海老は温かいうちに食べたほうがおいしい、昼みたいにあまり食べ物を残すなよ、と謎にくぎを刺された。すんません。

ふと気が付くと、遠くからかわいらしい音程でカラオケを歌う女の子の声が聞こえてきた。近くで停泊している船の上から聞こえてくるものだろうか。ハウスボートはインド人にとって新婚旅行先としても人気があるそうである。歌を歌う女の子も、船の上で過ごす夜は特別な体験であるに違いない。暮れなずむ紫色の空を眺めながら食べる夕食は、至福のひと時だった。

8時ごろになると部屋のエアコンが使えるようになったというので、部屋に戻る。エアコンをつけるとそれまで湿っていた風呂場が一瞬で乾き、その威力を実感した。思えばチェンナイに到着してから、あっという間の6日間だった。ハウスボートで過ごした素晴らしい時間で心がいっぱいになり、昨日までの不愉快な気分も、バックウォーターのさざ波とともにどこかに消えていってしまった。遠くで聞こえる虫の音や時折響くヤモリの鳴き声を聞きながら、ゆっくりとこの旅最後の夜の眠りについた。

一人旅ですよ