Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

八丈島・青ヶ島(2) 断崖絶壁の島

〇〇〇〇/7/17

7:30 あしたば荘出発

8:20 東邦航空チェックイン

9:20 八丈島空港→ヘリで青ヶ島

9:40 青ヶ島到着

本日はいよいよ青ヶ島へ。

ヘリコプターの予約をしておきながら、当日の様子を見てヘリをキャンセルしあおがしま丸(船)でアプローチしようと考えていたが、ヘリコプターのキャンセル料が改定され、当日のキャンセルは5000円ほどかかるという。これならヘリをキャンセルして船を使う意味がない。大人しくヘリコプターに乗ることにした。

今日はよく晴れており、昨日は曇天で今ひとつであった横間ヶ浦の景色も素晴らしく見える。曇っているとわからないが日光が出ると緑の鮮やかさが素晴らしい、まさにこの季節ならでは。

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素晴らしい景色

原付を飛ばしてレンタカーへ。こちらで原付を返却し、例の黄色いハイエースで空港まで送迎してもらう。空港では30分ほど待ち時間があるので、お土産物屋で帰りの時に買う土産の目処をつけておくことにする。パッションフルーツとか美味しそうだ。

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仕事とプライベートは完全に切り離しているので、仕事で遠出をしない限り職場にお土産を買ったりはしないのだけど、家族や近しい人に喜んでもらえるようなプレゼントを考えるのは面倒くさくも楽しい作業だ。良心というか愛想の容量が少なめに生まれてきてしまったので、心を込めて接することのできる人数には限界がある。申し訳ないのだが職場の人にまで愛想を振り撒くほどの余裕はないし、なんなら旅行中に仕事のことなんて一ミリも考えたくないし、そもそもこの旅行中に仕事のことはほとんど全く考えていなかった。ごめんなさーい。

8時20分になると八丈島空港の一角にある東方航空のカウンターが開く。5kgを超える荷物は超過料金が取られる。自分の荷物は11キロで1200円の超過料金だった。時間になるとヘリに乗る人のために空港の手荷物検査が行われ、待合室へ。窓からは空港の滑走路に運ばれてきたヘリコプターが見える。

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空港に運び込まれたヘリ


以前乗ったことがあるので初めての体験というわけではないはずなのだが、ちょっとワクワクする。やはり普通の生活をしていて乗ることができるのは飛行機ばかりであって、ヘリコプターに乗る機会はまずない。4年も経つと過去の記憶は朧げとなり断片化が進んで、パズルのピースのように元の場所に戻そうとしても、完全に復元することはできない。だからこそ過去の記憶に縋るのではなく、今を最大限楽しむことが大事なわけである。

ただ、以前は折角窓側に座ったのにポジショニングが悪く、その上写真を撮ることに集中していなかったためにヘリからの景色を綺麗に撮ることができなかったのでその反省を生かし、左前方の席を狙ってヘリの待機列では先頭に並ぶことにした。そして携帯は常にカメラをオンにしてスタンバイ。

ヘリコプターの乗務員は二人おり、最後の乗務員が乗り込むとドアが閉められ、ヘリの翼が回転し始める。いよいよだ。滑走路を滑るように移動し、止まったと思ったら翼がバラバラと大きな音を立て始め、ふわりと宙に浮く。不思議な感覚だ。この瞬間、過去に初めてヘリコプターに乗った時の感動が一気に蘇ってきて、思わず涙してしまった。

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市街が小さくなっていく

八丈島の市街が次第に小さくなっていく。眼下にキラキラと輝く海が見える。黒潮の流れるこの海域は海の青が驚くほどに鮮やかで、まるで小学生がクレヨンで描く海の絵のようだ。

 

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こんなにキラキラ輝く青い星の下で、我々は生きているんだなあ。

 

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そう思った時、心の中を占拠し自分を束縛していた重たく暗い何かが、音を立てて砕けていくような感触があった。それは感動という、懐かしくてあたたかな、そしてここしばらく忘れていた感触だった。 

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左:まるでクレヨンで描いたような青い海 右:青ヶ島が見えてきた。ピントが合ってない

 

前方には朧げながら青い塊のような島が見えてきた。あれが青ヶ島。島の上には大きな雲の塊があり、何だか迫力のある様相だ。温かく湿った空気が島の急斜面にぶつかって、雲を形成するのだろう。次第に島が緑みを増して、大きくなってくる。私は携帯のカメラで、夢中で写真や動画を撮る。以前は感動のあまり写真を撮ることを忘れていたのだった。

 

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青ヶ島に近づいてくると、上空の雲にかかって少し周囲の景色が暗くなってくる。刻一刻と形を変える青ヶ島の写真をカメラに収めようとするが、焦点が合わなかったり景色が変わってしまったりして、なかなか良い写真が撮れない。というわけでこれが限界でした。急な海食崖が大きく見えてくると、程なく青ヶ島ヘリポートに到着である。

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ヘリコプターから降りるが、ヘリの翼が生み出す強い風に煽られる。青ヶ島からヘリに乗り込む人々と荷物を乗せると、程なく八丈島にトンボ帰りしていき、島には再び静寂が訪れる。

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風が強く、湿度が非常に高い。まるでサウナの中にでもいるようだ。緑の香りが非常に濃い。八丈島とは比べ物にならないような濃密な風土に、懐かしさと喜びが募る。

今回は青ヶ島に2泊して、島を満喫する計画。今回はかいゆう丸という、最近オープンした新しい民宿に宿泊することにした。電話でヘリポートから近いと伺っていたので、徒歩で民宿に向かう。相変わらずアップダウンの多い土地柄である、だがそれが良い。

民宿は発電所の横の路地を入ったところにある。入り口では男性何人かがタバコを吸っている。ドアを開けてお邪魔すると、女将さんと思われるおばさんが台所で仕事をしている。

「こんにちはー」

「… あ、こんにちは。〇〇さんね。部屋は右の〇番目の部屋です。今回は仕事?観光?」

(お昼はどうするんだろうか…青ヶ島にはレストランがないので、1泊3食付きである。)

「観光です。」

「ひんぎゃの方に行こうと思ってるんですが…」

「大体みんな二日目にひんぎゃの方に行くんだけどね。わかりました、ひんぎゃ弁当ね」

こんな感じのノリである。親切丁寧に宿泊案内などを期待してはいけない。おもてなしモード全開とは対照的で、何だか申し訳なくなってしまうが、ここの島にくる人は多くが土建関係の人々で、観光客は少ない。最近こそ「死ぬまでに見るべき絶景」に選ばれて知名度が少し上がっているようであるが、それでもあくまでマイナーだし、本土との交通の便が著しく悪く、半自給自足的な生活を送っているこの島では、あくまで観光客としてもてなされることを当然と思うのではなく、島の生活にお邪魔させていただくという謙虚な姿勢で過ごすことが大切だと思う。

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民宿「かいゆう丸」

 


荷物を置いてカルデラの中にある「ふれあいサウナ」に入るための装備を準備し、その後徒歩で三宝港へ徒歩で向かうことにする。 少し距離がありアップダウンもきついが、往復10キロにも満たず、距離だけなら大したことはない。

集落を出て道なりに歩くと、次第に斜面の傾斜が増していき、左手は断崖絶壁になっていく。道路からはありえないような急角度で海に落ち込んでいく緑色の斜面と真っ青な海、そして海岸に打ち寄せる波が砕ける音が遠くに聞こえるが、海と陸地の境界は集落や道からはほとんど見えない。海は常に近くにあるはずなのに、その海は人々の生活の場からは隔絶されているという、不思議な感覚。

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海ははるか下に

青ヶ島の集落は標高200ー300mのところにあり、島の周囲は断崖絶壁という、かなり特異な地形になっている。そして島の中央部には巨大なカルデラ。この普通ではない地理的特徴こそがこの島の最大の見どころである。斜面の緑の濃さ、そして風の香り。時折響き渡るウグイスの鳴き声。この島の道を歩いて大自然を満喫することが最大の贅沢である。

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カルデラ全景。天気はすっきりしない

 カルデラ内は風が通らないので、周囲と比べてもさらに気温も湿度も高い。まるで植物園の温室のようだ。この季節なのに鳴いている蝉はツクツクボウシばかり。たまにニイニイゼミが鳴いているが、ミンミンゼミやアブラゼミは全くいない。これもまた不思議だ。カルデラへ降りていく道を下っていく。緑が濃い。ジャングルのようだ。

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緑濃いカルデラ

 

カルデラ内ではたくさんのオオタニワタリが見られる。月桃も生い茂っている。とにかく植物の元気が良い。これだけの温度と湿度があればね。カルデラ内にはたくさんの畑があり、水蒸気を上げる噴気孔もある。この地熱がサウナやひんぎゃとして使われるわけである。本日はあおがしま丸の着岸日ということでひんぎゃ方面に向かうのは後にして、まずは三宝港に向かうことにした。

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火口へ降っていく。オオタニワタリがたくさん見られる

三宝港へは青宝トンネルというこの小さな島にはまったくもって似つかわしくない長大なトンネルを抜けていく。かつては三宝港に向かう道は山肌につけられていたが、地震により斜面が崩落してしまった。このトンネルは村の生命線である三宝港への安定したアプローチのために必須であったわけである。

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青宝トンネルへの道

青宝トンネルを抜けると、すでにあおがしま丸が接岸しており、タラップが降りて乗客の乗降が始まっていた。昨日は聖火リレーをこの島でやったそうで、その関係者と思しき人々があおがしま丸に列をなして乗り込んでいく。程なくして貨物が降ろされ始める。これが青ヶ島の生命線である。見上げてみると、三宝港の斜面はコンクリートによって数百メートルの高さまでガチガチに固められている。崖に囲まれ、崩落の絶えないこの青ヶ島で、島の生命線をなんとしても守り抜くという鉄の意志(コンクリートだが…)を感じる。まるで要塞のようだ。貨物の上げ下ろしの様子はなかなか興味深く、場所を変えつつ30分ほど眺めていた。

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あおがしま丸が接岸していた。港の斜面は数百メートルにわたってガチガチに固められている
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激しく波が打ち寄せる三宝港。漁船は釣り上げられ、崖上に収納される

飽きもせず港を眺めたのちに登り坂をひたすら歩いて、ひんぎゃの方に戻る。雲が晴れると日差しが強く体力を消耗する。ひんぎゃに着くと、先客が調理をしていた。干物の匂いが強烈だ、これがくさやという奴だろうか。どうもこの匂いはあまり好きになれない。ジャガイモとサツマイモ、そして干物とソーセージを投入。この金属の網にもなんだかカビみたいなのが付いてるが大丈夫なのだろうか?30分ほど待つが、サツマイモはまだジャリジャリだったので他のものを食べながらさらに20分ほど待ち、ようやく完成。何故か箸がついておらず食べるのに苦労するが、芋に齧り付くのは素朴な感覚だ。

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ひんぎゃ近くの東屋。すでに先客は撤収している

干物に差し掛かると、魚臭いにおいを嗅ぎつけて二匹の猫がやってくる。どうやらおこぼれを虎視眈々と狙っているようだ。放っておくと椅子を駆け上がって干物にかじりつこうとするのでしっかり追い払ったが、それでも遠巻きにこちらを狙っているのは見え見えである。鳴き声をあげれば餌をもらえるとでも思っているのか?甘いな。甘すぎる。

既にかなり汗をかいていたし、食事で手が汚れて耐え難いので、ふれあいサウナに入ることに。入り口に300円置いてタオルを受け取り、中に入る。サウナは地下にあるが、この時点で既に地熱で床が暑い。サウナに至ってはあまりにも暑くてかなり厳しいものがあった。1分ほど入ってからシャワーを浴びるが、地熱でシャワーの水がお湯になっていて、なんの足しにもならない。体を拭いて冷房の効いた休憩室に入ると、ようやく生きた心地がした。

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ふれあいサウナ。休憩室以外は熱地獄だ

サウナを出たのち、御富士様のお鉢巡りをすることに。眺望ポイントを除けば景色は良くない。蚊が沢山いて、案の定被害に遭った。

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御富士様からの眺望

本日の行動はここまで。お鉢巡りののちに宿に戻る。サツマイモやトマト、きゅうりなどの畑があり、農作業に勤しまれる島民の方がたくさんいた。冬も暖かいこのカルデラ内は農作業に格好の場所というわけだ。集落に戻る坂道はかなりこたえる。宿に戻って冷房の効いた部屋で休憩。まさに文明の利器だ。

夕食は地元産の刺身やあしたばをふんだんに取り入れた料理で大変おいしい。

宿の女将さんには、以前から気になっていた大千代港(翌日の記事で詳しく書きます。)について訊いてみた。

「もう随分前の話だよ。ある朝大千代港に車で向かった郵便局の職員が、崩落に気づかずに転落して亡くなってしまったんですよ。音がすれば島民も気づいていたんだろうけど、なんの音もせずに夜が明けたら地滑りが起きてた。」

「もともと一島二港という政策を東京都が推し進めてたわけだけど、あまりにも地滑りがひどかったものだからどうしようもなくて、今は誰も使ってないよ。昔は貝を取りに行くためにそのあたりで船を下ろしてもらってたけど、今ではめっきり行かなくなったね。」

とのことである。大千代港については明日、立ち入れる範囲内で様子を見に行ってみようと思う。なお、この島は地滑りが絶えないが、同じように断崖絶壁に囲まれた御蔵島では地滑りの話をほとんど聞かない。その理由は地質学的な部分にあるのではないか…と思い民宿の庭先に出てみたところ、そこに答えがあった。下の写真を見て欲しい。茶色いところは溶岩の層。墨色のところはスコリア(玄武岩でできた火山砕屑物)からできている。スコリアは非常に接着性が低く脆い。手で触るとボロボロ崩れ、既に上の層と下の層に比べると大きく凹んでいる。

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茶色いのが溶岩、墨色の部分がスコリア。手で触るとスコリアがボロボロ崩れた

つまりこの島の地層は柔らかく脆いスコリアの層を外側から溶岩で固めたものが積み重なっている。スコリアの部分は脆いから、いくら溶岩が硬くても海食や人の手による破壊によりスコリアが露出すると、その切れ込みをきっかけにしてまるでバウムクーヘンの層を剥がすように上の溶岩ごとズルリと剥けてしまうということのように思われる。こんな脆い大地の上で、青ヶ島の島民は生活を営んでいらっしゃるわけだ。まさに崩れゆく大地との戦いである。

夜は星空を見に外にでてみたが、霧に覆われており星など見えるはずもない。町あかりが霧に反射してこれはこれで幻想的かもしれない。

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明日は島の外側から三宝港へ向かう道路、そして無理のない限りで大千代港への散策を行う。かねてより興味のあったところだ。歩き疲れたのでこの日はぐっすり寝た。