Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

パキスタン(0) プロローグ

 

GWにどこかに行こうと思い立ったとき、「久しぶりにイスラム圏に行きたいな」などとふと思った。一番行きたいのはイエメンだが当然今の情勢では普通の人は行けない。イラクはようやく外国人向けにアライバルビザの発給を始めたそうで、旅人からの情報も少しずつ集まるようになってはきたものの、やはりまだ危険と隣り合わせの印象が拭えない。今行けるイスラム圏の国で興味深いところをピックアップし、サウジアラビアパキスタンが思い浮かんだ。

 

サウジアラビアといえば数年前に観光ビザ発給が開始されたばかりの国である。イスラームの2大聖地メッカとマディーナを擁し、ワッハーブ派イスラームに基づいた政教一致絶対君主制国家…などというイメージは過去のもので、確かに文面上は変わらないのだが、ムハンマド皇太子の政策رؤية ٢٠٣٠(ビジョン2030)に基づいて改革開放路線が進められ、若者の多さも相まってこの路線が国民からも評価を得ており、凄まじい勢いで旅行者へのソフト・ハード面でのインフラ整備が進められている。メッカは依然としてイスラム教徒のみの訪問に限定されているが、最近はマディーナの預言者のモスクも旅人に実質的に解放されていると言われており、イスラームの始まりの地について理解を深めることができる。マダイン・サーレハなどの世界遺産やジェッダ旧市街、そして緑豊かな高原地帯アスィール地方にもリジャール・アルマなどの見どころがある。砂漠の高速鉄道なんかに乗るのも面白そうだ。海外安全情報としては薄い黄色で、自分が今まで薄い黄色の国を訪れた経験からしてかなり安全性は高いと思われる。

パキスタンといえば昨年冬に訪れたインドと犬猿の仲であることで有名な国である。カシミール地方で紛争を抱えるほか、西のパシュトゥーン人居住地域がテロ組織の温床になっていると言われており、テロなども度々起きて治安が悪い。外務省の海外安全情報では大体濃いオレンジ色で塗られており、西側の国境地帯など真っ赤に塗られており恐ろしい。そんなパキスタンであるが、どういうわけかバックパッカーの聖地などという話も聞く。調べてみるとまるでナウシカの世界のような桃源郷フンザの四季折々の景色が大変美しいということだ。また、モヘンジョダロハラッパなどのインダス文明の主要な遺跡、そして一時ムガル帝国の都として栄えた文化都市ラホール、聖廟の町ムルターンとウチ・シャリフなど、インダス川沿いに歴史的価値の高い見どころが点在している。

 

正直この二つを並べられたらサウジアラビアを選びそうなものである。事実当初はサウジアラビアでも行ってこようなど考えていた。しかしどういうわけか、ある日とあるホームページで白と青のタイルで絢爛に装飾されたイスラーム建築の写真を見てしまう。これがウチ・シャリフの聖廟であることがわかり、一気に心がパキスタンに傾いた。さらに調べれば調べるほど、パキスタンは濃度の高い歴史的建築や遺跡を多く擁する魅力的な国であるということがわかってきて、もはやここに行くしかないなどと思い始めた。どうせ所帯じみたら危ないところなどそうホイホイ行けなるなる。行くなら今が最後のチャンスだろうと思った。

 

正直言えばバックパッカーの聖地とか、ナウシカの舞台とかいう響きにはそこまで興味があるわけではない。いわゆる聖地巡礼には昔ほど食指が動かないし、訪問先の選択は純粋に自分の意思に従わないと大抵あとで後悔することは理解しているが、それでもやはり元々登山畑出身の身として、ヒマラヤの山岳地帯の厳しい自然と人々の生活が織りなす和音には惹かれるものがある。イスラーム建築の美しいモザイクタイルも、やはり定期的に触れたくなる芸術美である。そして知られざるインダス文明の巨大遺跡。GWをフルに活用して、これらをすべて訪れるプランを計画した。

 

計画の概略は以下の通りである。期間は4/26-5/6を予定している。

day1 成田発、イスラマバード

day2 イスラマバードからカラコルムハイウェイを通って、チラス泊

day3 カラコルムハイウェイを北上し、カリマバード(フンザ)泊

day4 カリマバード(フンザ)泊

day5 飛行機でイスラマバードに戻り、イスラマバード観光、イスラマバード

day6 サッカル泊

day7 モヘンジョダロ、サッカル泊

day8 ウチ・シャリフ(±デラワールフォート)、ムルターン観光、ムルターン泊

day9 ムルターン観光後、ハラッパに寄らずにラホールへ、ラホール泊

day10 ラホール観光、深夜ラホール発

day11 帰国

 

随分と物騒な地名が並び、ある意味テンションが上がる。日本とパキスタンの往復にはタイ航空を使用し、スワンナプーム国際空港で乗り継ぐことになる。東南アジアにはシンガポール以外行ったことがなく、経由のみとはいえタイに上陸するのも初めてだ。

今回は11日間に自分のこだわりを詰め込んだ。特にフンザへの道は飛行機ではなく陸路で訪れることにこだわった。これは、山奥の集落の真の価値を知るには、スポット的にフンザを訪れるのではなく、険しく長い道のりを経ることで初めて困難な環境で生きる人々の生活が理解できるのではないかという確信に近い考えがある。

今回はイスラーム色溢れる市街歩きに重点を置きたいと思ったが、治安が悪く単独行動が危険な場所もあるため、基本的にはガイドと行動を共にすることになる。それでもムルターンやウチ・シャリフの美しい聖廟、そしてムガルの華ラホールの歴史的建造物はしっかり時間をとって訪問したいと思い、「ただの原っぱ」と形容されるハラッパは訪問しないことにし、デラワールフォートも時間が許せばの訪問とし、ムルターン市街歩きを優先する。

4-5月はパキスタンは高温期にあたり、雨季ではないが日中の最高気温は40度を超える。なかなかハードであるが、こればかりはそう時期を選んでいられないので仕方ない。雨季ではなかったのでよしということにしたい。

なお、パキスタンのビザはオンライン申請にて取得することができる。もしビザをこれから取得する方がいるならば、Google検索で上位に出てくる偽サイトに騙されずに在日本パキスタン大使館のホームページからのリンク(http://visa.nadra.gov.pk/)からアカウントを作成し、ビザを申請されたい。申請にあたっては、西遊旅行のホームページ(https://www.saiyu.co.jp/blog/pakistan/2019/10/28/パキスタンの-e-visa/)や、こちらのサイト(https://suzukikeiko.com/pakistan/information/e-visa/)が大変参考になる。入力項目がたくさんあり面倒だが、7-10日で発給されるという話であったのに申請したら1日で発給された。

地球の歩き方は2007−8のものが最新版であり、現在絶版でメルカリで不当な高値が付けられている上に、情報が古く参考にならない※。Lonely Planetですら古いものしかないようだ。情報が少ないが、それはかえってニュートラルな気持ちで訪問を楽しめるということでもある。計画自体は100点満点に近いものができている。不安も当然あるが楽しみだ。トラブルに巻き込まれないように祈り、かつ対策も怠らないようにしつつ、全力で地元の文化に浸りたいと考えている。

 

※3/14追記:と思っていたが、中古の2007-8年版を手に入れて読んでみると、それほど分厚くはないものの内容は大変に充実していた。歴史や文化、建築に関する解説からマイナー都市の解説まで非常に興味深く、そして大変に読みやすい。地球の歩き方というのは妙にポップな方向に走っていたり、はたまた著者のカラーが強く出過ぎていて自分と合わない部分があったりするものもあるが、この地球の歩き方は解説のアカデミックさと旅のダイナミックさのバランスが非常に優れていて、臨場感がある。これがあるだけで旅行のイメージが湧きやすくなり、計画を膨らませることができるだろう。今の時勢ではあまり近づきたくないクエッタやペシャーワルなど、アフガニスタン国境の街に関する解説まで充実していたのには驚いた。