Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

メキシコ(10) エピローグ

路傍の石

今回メキシコの記事を早めに書き上げることを心がけたのは、記憶というのは儚く、すぐに忘れてしまうからだ。大切なことほど、あっけなく忘れてしまう。いや、道端に転がる石ころのように、簡単に忘れてしまうような記憶こそ大切だったりするのかもしれない。記憶の生々しさ、新鮮さは次第に薄れ、修飾が加わり、数年後にはもう原型をとどめているかわからなくなっているだろう。これは、イランやウズベキスタンオマーンの記事をまとめようとしたときに痛感したことだ。

 

偶然の産物

今回メキシコを選んだのははっきり言えばあまり主体的な選択とは言えなかったけれども、そこでの体験は極めて有意義なものだった。プエブラ、クエツァラン、メキシコシティチチェン・イッツァウシュマルでの体験は全てが全く異なる種類の濃密さを持っていて、毎日があっという間に過ぎていった。メキシコという国ではたくさんの素晴らしき人々、見事な建築、奥深い文化、そして美しい旋律に出会い、それらに大きく魂を揺さぶられた。日本に帰国するとスカイライナーの車窓から、セコセコ歩く日本人の姿や、威容を誇るタワーマンションの数々が小さく見え、ああ日本というのはなんてちっぽけな国なんだろう、そう思った。その気持ちはイランにから日本に帰ってきた時の気持ちと少し似ていた気がする。私に大きな衝撃を与え、その後の人生において少なからぬ影響を及ぼしたあの体験に勝るとも劣らない体験ができたことは大変に素晴らしいことであったと同時に、少し意外でもあった。

 

征服者の遺したもの

破壊と略奪を繰り返したスペイン人であったが、その結果メキシコに生まれたメスティーソ文化というのは単なる先住民文化とスペイン文化の混ぜ合わせではないように感じられた。エルナン・コルテス達スペイン人征服者ご一行様がここまで先のことを考えて中南米を征服したのかはわからないが、少なくともこの国にはただ征服され奪い尽くされただけの被支配民族と、支配者層としての白人がいる…というだけではない前向きさと明るさに溢れていた。それはやはり、ベニート・フアレスに代表されるように先住民としてのルーツをもつ人間にも実際に活躍の場が与えられてきたという国柄が大きく貢献しているのかもしれない。一部の安全ではない地域では未だにギャング同士の抗争があるというが、少なくとも市街で出会う人は皆明るく親切で、しかしながらどこかヨーロッパ人とは違う奥ゆかしさと優しさがあった。釣り銭をごまかされたことは一度もなく、これもかなりの驚きであった。

メキシコを忌避、というかそこまで魅力に感じていなかった理由としてはやはり超大国アメリカに近すぎるのでその影響が大きく、文化として南米諸国よりも薄味なのではないかという考えがあったのだが、メキシコは極めて独自色の強い文化をもち、それはアメリカと共通点を見出せる部分は少なく、全くもって別の文化を有する国であり、自分の考えは全くの先入観、思い込みに過ぎなかった。

 

先住民の遺産

そもそも自分の事前勉強が不足していただけで、タコスやトルティーヤといったメキシコのソウルフードとも言える食文化自体、6000年ほど前が起源とも言われる先住民のそれを色濃く受け継いでいるわけで、メキシコの形成過程における先住民文化の影響はもともとかかなり濃厚で、征服者には消し難いものであったことがわかる。

今回の旅行ではプロローグで先住民の現在について知ることを目的の一つに掲げたけれども、クエツァランではトトナカ(ナワ?)族(これはどちらが正しいのかいまだによくわからないが)メリダとその周辺ではマヤ族の方々が、いまだに伝統的な様式を守って生活を続けているさまが見られた。自分が予想していなかった先住民の家庭訪問が実現したことも、それについての知見を深めるのに大いに貢献した。それは風前の灯といった趣ではなく、今なおグローバル化という名の世界画一化の波に決して取り込まれることなく生き生きとした様子であり、これからも先住民の方々が現代生活と折り合いをつけながら伝統を守って生きていくであろう姿が想像でき、どこか安堵した気持ちがある。


ラテンアメリカの扉

そしてこの旅行もまたある意味、始まりにすぎない。ラテンアメリカ諸国の扉は開かれたばかりである。尤もラテンアメリカ圏は大変に広い。それぞれの国にはそれぞれの特色がある。扉の開き方は当初の予定とは違う形になってしまったが、ここは予想外を楽しむことにしよう。ペルーやボリビア、チリやアルゼンチンは一体どんな国だろうか。メキシコという国が自分の期待を大きく上回った以上、胸をさらに膨らませぬわけにはいかない。尤もその真価を知るために、私もスペイン語をちゃんと勉強せねばなるまい。

 

Como Te Voy a Olvidar

世界はこんなに広く、美しく、そして輝きに満ちている。それを知ることができる海外旅行という手段を持っていた私は、ある意味幸せであったのかもしれない。

文章は短いが、とにかく筆舌に尽くしがたいほどの素晴らしい体験をすることができたのは、ペルーの計画が頓挫したのちに素早く対応してくれた旅行会社の方々、現地のガイドやスタッフ、そしてメキシコの人々のおかげである。そして最後に、この旅行の最大の貢献者にして立役者を忘れてはいけない。私にとっての海外旅行の価値を正しく理解し、快く送り出してくれた人がいたからこそ、私は心から海外旅行を楽しむことができた。心から感謝の意を表したい。