Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

モロッコ(3) 砂漠への道とアイト・ベン・ハッドゥ

2023/3/13

 

10:30 リヤド・アルガン発

12:30 ティシュカ峠

14:30 アイト・ベン・ハッドゥ近傍のレストランで昼食

ティフルトゥトのカスバを観光

ダール・ハジャ・アイト・ベン・ハッドゥにて夕食、泊

 

本日はモロッコ有数の観光都市であるマラケシュを離れ、専用車にてアトラス山脈越え。アイト・ベン・ハッドゥへ移動。数々の映画の背景として使用された世界遺産アイト・ベン・ハッドゥ内の宿に泊まるという楽しみな日程である。この地域は公共交通機関が極めて未発達であるため専用車手配とせざるを得ない部分がある。まさにプライベートツアーといった趣である。

本日は朝ゆっくり起床し、朝8時半の朝食。本日はオレンジジュースが置いてなかったので、宿の人に聞いたら10分ほどして持って来てくれた。搾りたてのオレンジジュースは格別である。ゆったり朝食をとり、近くの両替商で20ドル分ほど両替。小銭が案外手に入りにくく、特に使い勝手の良い20DH札が不足しがちなので、不親切そうな店員のおばさんに無理言って細かくしてもらった。

10時半になるとポーターが迎えに来る。宿の主人に挨拶をし、ポーターについて駐車場へ行くと、本日のドライバーと合流。カマール氏という。本日からフェズへの移動4日分のドライブを担当するという。筋肉質の体に髪をキリっと固め、乳首の透けたグレーのポロシャツにギラつき感のあるジーンズは、なんだか漫画に出てくるヤ〇ザのようである。「カマールというのは完全を意味するのですが、人間というのは決して完全ではないですから」とは彼の言。

彼の車に乗り込む。まずは

「これは旅行会社からのおみやげです」

と言って青いメタリックの袋を渡された。中にはアンモナイトの化石が入った砂漠の砂が閉じ込められたガラスの小瓶と、小さなタジン鍋風の焼き物が入っている。粋な演出である。

メディナを半周するようにしてクトゥビヤを眺め、南へ。この時点でガイドから古い門などについて解説を受け、我々はマラケシュの南半分を回れていなかったことを思い出した。再訪する機会があればこちらも回ってみたい。

クトゥビヤのミナレットと、ムワッヒド朝にさかのぼるアグノウ門

海外のセレブの別荘地を過ぎ、次第に山脈が近づいてくる。最初は小さな畝だが、それが徐々に大きな山並みとなってくる。赤い岩肌をむき出しにしている山から緑色の森におおわれた山まで、場所によってさまざま。位置や地質によって植生がこれほど大きく違うのは不思議である。少しずつ標高が上がり、道もけわしくなってくる。

このあたりで現地手配先の旅行会社から電話があった。親切そうな日本人女性の声である。「何か疑問点などありましたら何なりと仰ってください」だそうである。同じ旅行会社経由で他の国への旅行を申し込んだことはあったが、このような経験は初めてである。せっかくなので、特に事前説明がなかったのにポーターで荷物を運ばれポーター代を徴収された件についても訊いてみた。「メディナ内のリヤドは場所がわかりにくいので、ポーターに案内してもらうのが一般的です」だそう。ネットを調べてみるとポーター代込み的なツアーもあるらしいのだが、残念ながら我々の選んだものはそれではないということだろう。それはそれで仕方がない。

ヘアピンカーブが連続するようになると、ほどなくしてフォトスポットに至る。車の外に出ると空気はひんやりと澄んでいるが、今日は風があまり強くないそうである。ヘアピンカーブの向こうに雄大な山々が見えている。山の方に目を移せば、崖を流れ下る滝が。雪を抱いた山々がとても美しい。

ここを過ぎると次第に高原状の地形となり、道端にも残雪が出現してくる。ティシュカ峠は標高2000mをこえており、モニュメントといくらかのお土産屋がある。ここで例のドライバー氏にいくらか記念撮影をしてもらった。

山脈をこえると風景は大きく変わる。木々はまばらとなり、赤茶けた岩肌があらわとなってくる。ところどころに土造りの家からなる集落があり、写真に収めるタイミングを逸してしまったが桜のようなピンク色の花が咲いているところもあった。遠くには越えてきた雪を頂く山々が大きく見えている。

車窓からの風景。ドラスティックに変わっていく

険しさも次第に和らいできて、谷沿いにある緑と、岩肌がむき出しの周囲の山々が目立つようになってくる。岩肌には色の違う地層が露出していて、非常に興味深い。イランで見た砂漠やオマーンの砂漠とは違う、赤茶けて野性的な雰囲気だ。

しだいに周囲が開けてくると、ようやくアイト・ベン・ハッドゥ周囲の集落に至る。今までの涼しげな雰囲気とは打って変わり、ツアー用の大型バスがたくさん集まっている。写真を撮り忘れたが、案内されたレストランは正面に大きくアイト・ベン・ハッドゥが望める。外国人ツアー御用達といった趣で、スタッフが忙しそうに走り回っていた。ドライバーはバウチャーをスタッフに見せて、ごゆっくりという感じで去っていき、我々はレストランに放置された。しばらくすると、サラダと野菜の乗ったクスクスが出された。野菜は日本と同じものでも味が日本とまったく異なり戸惑う。量が多く胃もたれし、少し残してしまった。

野菜のクスクス。量がやや多かった

食事が終わり、トイレを済ませると、件のドライバー氏が我々を待っていた。次はいったんアイト・ベン・ハッドゥをこえて、少し先にあるカスバに向かうという。

道の途中ではグラディエーターアラビアのロレンスなど、数々の映画の撮影に使用されたスタジオの横を通過。私はそれほど映画通ではないから、この地で撮影されたという映画のうちグラディエーターくらいしか知らなかったのだが、多くの映画がこの地で撮影されたというのは感慨深い。

映画スタジオの入口

カスバというのはその地域の司令官が住む(住んでいた)城のようなものである。今回訪れるというティフルトゥトのカスバは20世紀初頭にこの地域の司令官であったグラウィ家のものであったらしい。現在はリヤドやレストランとなっているが、中をのぞくこともできる。あたりにすでに顕著な山はなく、荒れた砂漠の景色が広がる。ほどなくしてカスバに到着した。

カスバの門をくぐると、右半分の建物は風化して少し崩れてしまっている。もともとこの地域の建物は日干し煉瓦でできている。砂漠でも建築材料が手に入りやすく、このような地域での建築方法としては適しているのだと考えられる。残念ながら日干し煉瓦の欠点としてはどうしても時間がたつと風化して崩れてしまうというものがあるが、しかしこれも逆に考えれば自然に帰るというか、大変エコな建築方法でもあるのだろう。崩れていない方の建物に案内される。こちらの中は美しい吹き抜けになっており、窓があるのが男の部屋、窓がないのが女の部屋、であったらしい。それほど目を見張る装飾のようなものはなく、どちらかというと質実剛健な印象である。

カスバの内部と、屋上からの風景

ほどなくしてカスバを後にし、本日の最終目的地でありメインディッシュでもある、アイト・ベン・ハッドゥに戻ってきた。まずはフォトストップに案内される。荒々しい風景の一角に整然とした長方形が敷き詰められたようなアイト・ベン・ハッドゥの美しい風景を間近に眺めることができた。

しばし写真撮影を楽しんだのち、先ほどのレストランのあるアイト・ベン・ハッドゥ対岸の駐車場へ。本日はドライバーがロバのポーターを呼んでくれるという。ポーターを勝手に呼ばれてお金を徴収されるのにうんざりしていたが、実際にアイト・ベン・ハッドゥ内にある宿に向かうと到底スーツケースを転がせるような道ではなく、残念ながらポーターのありがたみを認識した。ロバは忍耐力が強いというが、重い荷物を背負わされてもよくもまあ、文句ひとつ言わずに仕事をしてくれると思う。かわいらしいというか、不憫というか… 土産物屋になっている家々の間を通ってしばらく行くと、本日の宿・ダール・ハジャである。ここにもとからあった建築を簡単に改装した宿は、洞窟ラウンジやテラスなどを備えており、この地域での生活の一端に触れることができる、なかなか素敵なロケーションである。

残念なポイントといえばコンセントが食堂の1か所にしかなく、ここで携帯電話を充電しなければならないこと。そして水事情が悪いこと。水道水の水もなんだか粘性があって少し汚染されているようにも感じられた(この予感は半日後には的中することになる)。

長いドライブと乾燥、そして強い日差しに少し疲れ気味であるが、休憩ののちにアイト・ベン・ハッドゥを散策することにした。絶妙に配置されたキューブのような家々を縫って標高を上げていくとしだいに景色が開けてきて、観光客でにぎわう小さな山の頂上に出た。

美しい土色の世界

風が非常に強い。ここからは近くを流れる川やその周囲に広がる緑、対岸に広がる新市街(といってもこちらも趣ある雰囲気であるが)が望める。日が傾いてきて少し景色に立体感がなくなってきたのが残念だ。

ついでに対岸に見えた小高い丘にも登れそうなので登ってみることにした。

すでに日が没しつつあり風がやや寒い。あまり道が整備されているとはいえず歩くのにやや難儀するが、丘の頂上からはアイト・ベン・ハッドゥのディテールと全体像が絶妙なバランスで見え、とても良い展望台であった。

宿に戻ってしばらくすると日が没し、夕食となる。

食堂に行くとスタッフの眼鏡で小太りのおじさんがろうそくに火をつけてくれた。敷き詰められた絨毯や赤い布を多用した内装もあってあたたかみのある雰囲気だ。ここでの夕食は豆のスープ、鶏肉にリンゴやドライフルーツの乗ったタジン、そしてフルーツコンポートである。豆のスープはかなり薄味だったが、タジンについては私にはとてもおいしいと感じられた(相方は料理に入っているフルーツが苦手らしい…)。その半日後には腹痛で苦しむことになるということを、この時知る由もなかったのはいうまでもない。

土色とライトの色があたたかみを演出しており、夜の宿の雰囲気もまたすばらしく感じられた。