Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

下世話な話

さて、先日結婚したわけだが、今の時代は本当に出会いというものがない。

 

残念ながら典型的な一匹狼気質の私はそれほど友人が多くないし、数少ない友人も恋愛体質というか、異性の友人がたくさんいるタイプなんてほとんどいなかったので、結婚相手探しには結構苦労した。

 

30が見えてくる頃までは私は恋愛というものにほとんど興味がなく、一人旅行の楽しさに没頭しながら、職場①で同期内や先輩後輩と恋愛ばかりしている周囲の人々を見て首を傾げていた。どういうわけかひょんなことで初めて恋人ができたりしたが、その後数年して別れてしまい、そこで出会いのなさに愕然としたとともに、20代中盤の職場でなぜ皆が必死こいて恋愛をしていたのかをようやく理解した。自分の職業ではシステム的に職場①のタイミングを逃すと新しい出会いが極端に少なくなる。彼らは結婚相手探しに必死だったのだ。

 

この職場①の元同期と(①を去った後に)話していて分かったことは、「恋人欲しいアピールしなければ、恋愛に興味がない人だと思われる」ということだった。別に恋愛に興味はなかったものの、この人なら好きになれそうだなという人はいた。ただそんなことはわざわざアピールしなかったし、心の内面に関することを口に出すのはとても恥ずかしいことだと思っていたので黙っていたのだが、どうやら自分はこんな当たり前のことすら理解していなかったようである。「なぜ誰も教えてくれなかったんだ!!」と思ったのは言うまでもない。

さて、その後が大変であった。

必死に友人や周囲の人に頭を下げて、何人かの異性を紹介してはもらったもののいずれも自然消滅の経過を辿った。結婚相談所などというものもあるらしいが、何十万というお金を払って自分の好みでもない人をあてがわれてもテンションが上がるとは思えないし現代的とはいえない感じがしたので、仕方なく最近流行りのマッチングアプリとやらに手を出さざるを得なかった。

 

さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが本題である。

残念ながら今の結婚相手と出会うまでには本当に多大なる労力がかかった。素晴らしい人間性を持つ人に出会えたと自負しているが、その途中経過はかなり凄惨というか心労の連続だった。マッチングアプリの性質上、まずはいいねを相手に送り、それが相手に返されることで初めてその相手とのメッセージ交換が可能になる。適当に当たり障りのないメッセージで相手の腹の中を探り、メッセージなんて結局相手のことなど何もわからないのだがその時点である程度会う人が篩にかけられる。まあ確かに話が通じないレベルでやばい人もいるのでメッセージを交換する経過というのは不要であると言ったら嘘になるが、かといって会ったらピンとくる可能性を完全に捨てているわけで少し残念でもある。でもまあ、会ってピンと来てそれでその人と付き合えるほどフットワークが軽く自分の気持ちを素直に伝えられるような人だったらマッチングアプリなんてやらなくても恋人ができるので、これでいいのかもしれない。

多くの人間のプロフィールを拝読し、その一部は実際にお会いして話したりもした。正直怪しい人間とデートを重ねたり肉体関係を持ったりするのはトラブルの元だし、結局付き合わない人間を何回も会って拘束するのは相手に無用な期待を持たせるようで申し訳がないし、こちらとてそれほど暇な人間ではなかったので、交際しても長続きしなさそうな人は最初会って微妙だと思った時点で切り上げる方針をとった。

最初は自分のプロフィールの書き方について試行錯誤しつつ、異性のプロフィールを注意深く読み込み、実際にいいねを押したり、会ったりすることでどういう人間がどういう記述をする傾向にあるのか割り出すことにした。

以下箇条書き。

 

・職業柄音楽関係の人や同業者からいいねが来ることが多かった。イシ×看◯師というのはよく聞く組み合わせだが、私自身は看〇師からいいねが来ることはほとんどなかった。これはおそらく「共働き希望」を前面に出したからだろうが、これから日本がどんどん貧しくなっていき国際社会基準で見た自分たちの収入が減っていくことは明らかであり、ここは絶対に妥協できなかった。会社員と会うことはほとんどなかったし、いいねを押しても承認される確率は低かった。これはおそらく会社員と自分の職業の文化の違いと推測される。きっと民間企業はもう少し華やかな感じなのだろうと推測している。

・アプリによっている人の方向性が違う。一番有名なPは全体的にノリが軽く、華やかな感じ。私には華やかすぎてちょっと無理だった。また、明らかに偽物と思われる中国のアカウントが他のアプリと比較して非常に多く閉口した。Oはこれに比べると真剣交際を考えている人が多い。こちらは割と真面目な人が多かったが、お相手がグイグイ来すぎてビビる時がある。Wはたくさんの石にごくわずかな玉が混じっているという感じで、この人は良さそうだと思える人の絶対数は少ない一方で実際に会った人は話が弾む人が多かった。

これらの3つのアプリはいずれも男性のみが有料であることは強く抗議したい。男女平等という時代の流れでありながら実際にはこのような差を設けていることを疑問に思う。真剣な男性のみを選別するためというが、真の遊び人はいくら金を払ってもこういうものには手を出すのでなんの抑止力にもならない。なお、これらのアプリはいずれも検索機能が充実しており、相手の絞り込みに困ることはそれほどない。その他にZというアプリもあったようで、男女ともに有料であるという点は男女平等の観点から高く評価したいと思うが、相手のプロフィール情報が乏しく具体的な職業内容や年収が不明瞭でありお相手の絞り込みが困難を極めたので、私はアカウントを作ったのみで結局運用しなかった。

これらのアプリは併用している人も多いが、アプリに登録すると最初の1ヶ月は新参者としての特典を受けられることを利用して一定期間ごとにアプリを移籍する「遊牧の民」というのがいて、大体ろくな奴はいないのだが見ていて面白い。

・プロフィールについても面白い傾向がある。

「一枚目詐欺」。プロフィールの一枚目にプロに撮ってもらった加工写真を配置していいねを稼ぐ方法である。見た目が大事でないとは決して言わないが、一枚目と二枚目の落差がすごいと頭を抱えてしまう。しかしこのようなやり方で実際にいいねを稼げている人は多いので、大抵の人はプロフィールなんてちゃんとみてないんだろう。

「やたらと決まったポーズや焦点の合った写真ばかりあげている人」。これは確実に地雷であり近づかないことをお勧めする。かくいう自分も一回釣られかけたので偉そうなことは言えない。最初は誰がこんな写真を撮っているか不思議だったのだが真相は、当人が一人っ子であり、両親がまるでパトロンのように自分の愛する子供の写真を撮りまくっているパターンがほとんどである。大抵わがままで面倒臭い。逆に本人が全体写真の端っこに写っている人とか、加工のない素朴な写真をあげている人は人間性がまともな人が多い。まあ当たり前の話である。なおこういう人のプロフィールは初回のデート代が「お相手が多めに払う」「お相手が全て支払う」になっている確率が高い。これもまあ宜なるかなという感じではある。

「いろいろな人と話してみたいです」という文が書いてある人はいいねが通らない確率が高い。こういう人は大抵ずっと残ってるので、これは男性選びの基準が厳しすぎる人の決まり文句だろう。尤も文句が多すぎる人も相手が見つからず下の方に溜まっていくので、適度な選別というのが大事に違いない。

「顔は見せられないです」と言って顔を見せない人はやはりどこかに不誠実さを感じる傾向があった。顔というのは美醜以外にも多くの情報が読み取れるものだ。普段どのような表情をするか。どのようなところに行くか。服装にも性格が現れる。これらを隠したい気持ちは非常によくわかるが、こちらとてリスクを冒して写真を公開しているのだから、この最重要情報をわざわざ非公開にするという姿勢はやや不誠実さの現れであるようにも思える。

「友人や周りの人からは〇〇と言われます」基本的に自分の性格など自分でわかるはずがないものだし、友人からの評価がアテになるかというのも微妙である。そもそもこの文章自体テンプレートに沿って作っているだけの可能性がある。大体自己分析が不十分な人のプロフィールの典型である。

・一定期間アプリをやっていると、すぐにアプリを卒業できる人と、全くもって相手を見つけられず何年経っても残り続けている人がいることに気づいた。後者はまるで浪人生用の予備校で燻っている雰囲気の悪い人々のようである。自分がこうならないようにしなければならないと思ったので、相手に求めていた部分のどこに無理があり、どこが譲れないのかを再検討した。また本当は自分の好みではない人間を無理して探そうとしていないか検討したことにも意味があったと思う。自分の場合歳下もしくは同年齢の異性とは極端に相性が悪かったが、そこから相手を探そうとしていたから無理が生じていたらしく、探す相手を歳上に割り切ったところ、その後比較的すぐに良い相手が見つかったし、残念ながら途切れてしまったお相手もとても好感の持てる方ばかりだった。

 

アプリを辞めてから1年以上が経ち、今となっては他人事である。幸い今のところもう一度世話になる予定もない。しかしながら当時は「会ったこともない人と交際に発展するかもわからないのにメッセージを無為に重ね、連絡が途切れたら再び別の人を探す」作業はまるで三途の川の石積み、シシューポスの神話のように感じられて毎日胃が痛かったものだ。まあ、一生に実質的に一度しかチャンスのない大学受験を失敗したことに比べれば異性なんて無限にいるのだし、そこまで重大に考えなくても良かったのかもしれないけどね。

 

このアプリの話も本来公開の場でベラベラと話す類のものではないし、誰にも話さずに墓場まで持って行こうと思っていたが、そのうち忘れてしまうだろうから備忘録的に残しておくことにする。