Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

南インド(3) タミルの真髄

11/26

天気:晴れ時々雨

7:00 Taj Coromandelホテル発

6E 7191(IndiGo) 0925MAA(チェンナイ) 1040TRZ(ティルチラーパッリ)

ガンガイコンダ・チョーラプラム(ブリハディーシュワラ寺院)

クンバコーナム(アイラーヴァテシュワラ寺院)

タンジャーヴール(ブリハディーシュワラ寺院)

Sangam Hotel

 

本日は飛行機でティルチラーパッリに移動し、そこから車移動。

チョーラ朝時代に建てられた素晴らしい寺院群をめぐる。タンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院は1987年に世界遺産に登録され、アイラーヴァテシュワラ寺院とガンガイコンダ・チョーラプラムのブリハディーシュワラ寺院も2004年に世界遺産に拡大登録された、いずれも現役のヒンドゥー教寺院である。

ガンガイコンダ・チョーラプラムこそブリハディーシュワラ寺院以外に目立った観光地はないものの、タンジャーヴール、クンバコーナムともに寺院や歴史的建造物に富む都市であり、できればもう少しゆったり観光するのが望ましい。しかしながら今回はあまり余裕のある日程ではなかったので致し方ない。

 

朝7時にホテルのフロントでドライバーと待ち合わせ、空港へ。

高架になっている鉄道が見えてくると、程なくして空港に至る。今回利用する航空会社はIndiGo。痒いところに手が届く密度の高い路線網を有する航空会社である。今回はティルチラーパッリというタンジャーヴールの隣町に向かう。チェンナイの荷物検査は厳しく、バッグの中をネチネチ調べられ、本来であれば裁縫用の範疇に入るはずの小さなハサミを廃棄させられた。インド、荷物検査の厳しさは世界随一といった感がある。

チェンナイ空港

飛行機に乗り込むと、1時間ほどでティルチラーパッリに到達する。

ティルチラーパッリ空港。かなり綺麗だ

ティルチラーパッリは比較的綺麗な空港で、本日のドライバーが出迎えてくれた。あまり英語は話せないようだ。1時間ほど走ってタンジャーヴールに至り、ブリハディーシュワラ寺院前の門で本日のガイドが乗り込んだ。今日のガイドはノリがいい。楽しい旅になりそうだ。

密度高く商店が立ち並ぶが、しかしどこか地方都市っぽい落ち着きを持つ町並みのタンジャーヴール市街を抜けると、次第に椰子の木の混じった緑と水田が広がる、美しい田園風景が車窓を彩る。降水に恵まれる南インドでは米の2期作が行われている。1回米を植えると4ヶ月ほどで収穫だそうだ。

美しい田園風景

時折味わいある雰囲気の小さな集落を通りつつ、クンバコーナムに差し掛かったあたりで本日の昼食。

本日のレストランはクンバコーナム郊外のIndeco Hotels Swamimalaiというホテルに付属するレストラン。緑鮮やかな熱帯雨林の中に点在する美しい建造物と鳥の囀りがとても心地よく、クンバコーナムで宿泊するなら泊まってみたい、と思わせるような素晴らしい雰囲気だ。ウェルカムドリンクが出されたのちに料理が出るが、料理の方も昨日より充実しており高級感がある。透明な麺状のものが入った白い甘味がとても美味しかった。これはPayasanというらしい。

素晴らしい雰囲気のホテルとレストラン

美味しい料理で身も心もいっぱいになったのちに、ガンガイコンダ・チョーラプラムへ向かう。この辺りはタミルナードゥ州随一の穀倉地帯となっているらしく、幾筋も流れる川と熱帯雨林、そして水田の広がる風景が本当に素晴らしい。

イギリス統治時代のダム

かつてイギリス統治時代に作られたというダム上の橋を渡ると、程なくしてガンガイコンダ・チョーラプラムのブリハディーシュワラ寺院に到達した。スコールが降っており嫌な感じだが、門にあるくぼみに靴を安置して靴が濡れるのを防ぎ、寺院の内部へ。

こちらのブリハディーシュワラ寺院は、タンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院(同じ名前である。ややこしい)を建設したチョーラ朝の王、ラージャラージャ1世の息子、ラージェンドラ1世が建築したもの。タンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院の建築様式を模して作ったものであるが、タンジャーヴールのそれが高さ65メートルなのに対しこちらは58メートルと少し低く、頂上にある冠石はタンジャーヴールは81トンもの巨石を削り出したものが使われているが、こちらはスタッコという漆喰のような材料を用いて作られている。塔門は残念ながら未完成であるなど、タンジャーヴールのそれと比べるとやや劣っている部分もあるが、しかしこちらもチョーラ朝建築の最高傑作の一つと目されている。

寺院を散策していると次第に雨が止んできた。高くそびえる本殿が威容を放っている。寺院の壁に彫られた神々の像は完成度が高く素晴らしい。寺院内は地面が芝生で覆われており、整然とした印象を受ける。ライオンの像や巨大なナンディーが印象的だ。

 

ナンディーとライオンの像。いずれも石彫ではなく、スタッコ(漆喰)

門を出る頃にはすっかり雨が止んで晴れ間が出てきた。門では蝋燭売りのおばさんが。今日はタミル地方の祭日であり、夜には家々の門前に蝋燭が灯される。その蝋燭を売っているのだという。その時はふーんそうなのね程度にしか思っていなかったが、夜になってからその本当の意味を知ることになる。

さて、次は先ほどのクンバコーナムへ戻り、アイラーヴァテシュワラ寺院を見学する。

降っていた雨も一時的にやみ、素晴らしい田園風景が広がる。雨季なだけに緑も鮮やかだ。

素晴らしい田園風景をいく

アイラーヴァテシュワラ寺院はタンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院を建造したラージャラージャ1世の孫、ラージャラージャ2世の時代である12世紀に作られた寺院である。二つのブリハディーシュワラ寺院と比較すると本殿の高さは低いが、彫刻の密度や完成度は際立っており、ガンダイコンダ・チョーラプラムのブリハディーシュワラ寺院と比較すると繊細な美しさがある。

アイラーヴァテシュワラ寺院の周囲では牛がたくさん放し飼いにされている。入り口に設置されたナンディー像の脇を通り、寺院の門をくぐる。

階段に施されたゾウや馬車の彫刻が美しい。一部が損傷しているが、これはイスラームの侵攻の際に一部が破壊されてしまったとのことである。

ガイドに導かれ、美しい彫刻の施された柱の間を通り、寺院の奥の祈りの空間へ向かう。柱の彫刻は非常に緻密で、これを彫るためにどれほどの時間を要したかを考えると気が遠くなる。

本殿に入っていくところではお爺さんがスマホを片手に祈りを捧げていた。なんとも現代的である。ナンディやガネーシャの像にはたくさんの花や蝋燭が捧げられている。

祈りの空間にはシヴァ神の像が安置されている。撮影禁止だが、独特の雰囲気

両側に門番の彫像が配置された本殿入り口を通って、寺院の核心部に至る。ここは本来ヒンドゥー教徒以外入れない聖域のはずである。シヴァの神像の周囲に多数の蝋燭が灯された本殿の内部は煙っぽく、熱気と独特の香気に満ちている。本殿内部の石造の部屋はすすで黒ずみ、多くの人々が触れたことによる摩耗で表面が磨かれている。漆黒の空間にろうそくの橙色の火が灯り、青灰色の煙が満ちた空間は、とても幻想的だ。シヴァの神像の前には神官がおり、額に銀色の灰が塗られ、祝福を受けた。ガイドの見よう見真似で両手を合わせ、神に祈りを捧げる。まるで異世界のような祈りの空間で、ヒンドゥー教の信仰の核心に触れたような、そんな気がした。

思うに宗教によって信仰の内容は当然異なるものの、超越的な力を信じ、それを畏れ大切にする気持ちというのはどの宗教においても信仰の核心となっている。それぞれの様式で美しく彩られている宗教の一番大切かつ根源的な部分は、生きることの不確かさを畏れる人類共通の感情である。手の込んだ彫刻の施された威厳ある柱の空間、その奥にある神の像、香気と熱気に満ちた祈りの空間。そこにはインドの人々が長きにわたって大切にしてきた価値観や伝統がきっと凝縮されている。

今やその役割を終え、モニュメントとして残っているだけの寺院をたくさん訪れたり、核心部に入ることができないまま多数の寺院を訪れたりしても決して触れることはできなかったであろうヒンドゥー教の真髄に、少しだけ触れることができた(ような気がした)ことは、自分にとって大きな感銘であり、深く心に残る経験だった。

本堂を出て、寺院の建築をもう少し詳しくみてみる。ちょうど夕暮れ時で、赤い光に照らされる寺院が美しい。回廊にある窓の透かし彫りは、全て一枚の岩を彫って作ったものだそうで、やはり当時の石彫技術、そしてそれを生み出す人々の信仰心には、感服せざるを得ない。

窓も一枚岩を彫ったもの。感嘆せざるを得ない

ゆっくり日の暮れていくアイラーヴァテシュワラ寺院を後にして、本日最後かつ最大の寺院、ブリハディーシュワラ寺院に向かう。

辺りはすっかり日が暮れてしまったが、道路の両側に広がる家々の門前にはたくさんの蝋燭が灯っており、時折爆竹の音が聞こえる。先ほどガイドが言っていた祭りの日だろうか。ガイドに話を聞いてみると、この祭りはKarthika  Deepamというらしい。人々が家の門前に吉祥模様のコーラムを描き、門前や窓に火を灯す。これは空の星々をイメージしたもので、厄を祓い幸せを招くと信じられている。

当然、南インドに来るまでこの祭日の存在を全く知らず、完全なる幸運であった。折角なのでこの祭日の空気を味わってみたいと思い、ガイドにどこかロウソクの美しく灯されている町で写真を撮る機会を与えてくれないかとお願いしたところ、快く応じてくれた。街角では少女たちが軒先や窓枠にろうそくを乗せている光景が見られる。写真を撮っていると背後で壮大に爆竹が鳴り驚く。地元の祭日に遭遇するという滅多にない機会であり、地元の人々と一緒に写真撮影をお願いしたところ快諾してくれた(ここには載せないが…)。

小さな蝋燭の灯りが美しいKarthika Deepamの夜


Karthika Deepamという祭りは、タミル地方特有のものだそうだ。ヒンドゥー教と結びついてはいるものの、タミルの人々の土着の祭りといった色彩が強いのかもしれない。道路の両側を小さな橙色の灯で彩られた道をタンジャーヴールに向かいながら、まるでヒンドゥーの神もしくはタミルの地に導かれたような不思議な偶然に、胸がいっぱいになるような気持ちだった。

ブリハディーシュワラ寺院に到達する頃には完全に夜になっていた。

オレンジ色の灯りでライトアップされたブリハディーシュワラ寺院は、門前で焚き火がくべられていた。入り口横の観光案内所に靴を預け、参拝に向かう。

タンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院は、夜にもかかわらず多数の参拝客で熱気にあふれている。境内に入る前に3つのゴープラム(塔門)を通っていく。ゴープラムをくぐるたびに壮大な彫刻を施された次のゴープラムが見え、そして本堂が少しずつ大きく見えてくる。この舞台装置のような高度に計算されたゴープラムの演出は一部未完に終わっている今まで2つの寺院にはなかったものであり、この寺院の建築としての圧倒的な完成度をすでに体感する。ゴープラムを形成する柱は高さが10メートルほどはあるだろうか。これも1枚の大きな岩から削り出したものというから驚きである。

最後のゴープラムをくぐると、高さ65メートルの本堂が姿を現した。本堂は81トンもあるという冠石を頂上にいただき、威容を誇っている。この冠石はどうやって設置したのかわかっていないが、長さ6kmもある斜道を作り、ゾウに引かせて石を持ってきたという説が有力である。これが1000年以上前に成し得た建築と考えると気が遠くなる。

本堂を取り巻く回廊はまるでイスファハーンのイマーム広場を彷彿させるような壮大な規模である。何個かの祠堂を従え天を衝くかのように急角度で聳え立つ本殿は、疑いなくヒンドゥー教寺院建築の金字塔、人類の成し得る建築の最高到達地点の一つである。チョーラ朝以降のヒンドゥー教寺院は大きな塔門を四方に有するようになり、本殿自体はどんどん高さを減じていくのだが、塔門をくぐるたびに大きく本殿が見えてくるこのドラマティックな演出はこの時代のヒンドゥー教寺院建築特有の求心的な構造だからこそ成し得るものである。

逆さブリハディーシュワラ寺院が水面に映る

とにかく寺院の完成度がチョーラ朝時代の他の寺院と比較して圧倒的であり、驚嘆する。この寺院を訪れると、今まで訪れた他の二つの寺院の劣っている部分が気になってしまう。ガイドに「こんな素晴らしい建築とは驚きだ。本当に感動している」と伝えると「そうだろう!タージマハルは有名だが、あれは所詮数百年前のムガル帝国時代に作られたモニュメントに過ぎない。この寺院は1000年以上前に作られ、いまだに生きた寺院としての役割を持っている。重みが違うんだ」という。確かに北インドのタージマハルやワラーナシーの光景が日本で知名度を得ている一方で、こんな壮大かつ素晴らしい建築が日本では全く知られることなく無知の海に埋もれていることは不思議でならない。

ガイドの導きで、本殿の内部に上がらせていただくことになった。ここも本来はヒンドゥー教徒以外入域が許されていないはずである。奥には幅が4mもあるという巨大なリンガが設置されているが、残念ながらご神体ということで写真の撮影はできなかった。

ブリハディーシュワラ核心部の本堂へ

本堂の壁面はもちろん完成度の高い神々の彫像が見られるが、何やらタミル文字に似た文字が彫られている。ガイドによれば古いタミル語であり、文字は理解できるが意味がわからない単語が多く、解読不能だそうだ。この文字はまるで本殿を一周するように刻まれている。

解読不能な古いタミル語が刻まれる

本殿の斜め前にはアンマン祠堂という、パルヴァティーを祀る祠堂があり、ここでも入場を許され、神像に祈りを捧げることができた。多数の柱が設置された堂内には、壁に彩色された神々の彫刻があり興味深い。漆黒の空間に蝋燭の灯る祈りの空間では、エネルギーを象徴するという赤い粉が額に塗られ、祝福を受ける。ヒンドゥー教体験、フルコースである。

本堂には相対するようにしてナンディー堂がある。こちらのナンディーは後代になって設置されたものとのことだが、こちらも単石から切り出され、高さは4m、重さは25t。すごすぎて形容詞をつけるのが烏滸がましくなってきた。

 

 

あまりの壮大さと素晴らしい完成度を誇るこの寺院を去るのが名残惜しく、何度も小さくなっていく寺院を振り返りながら、駐車場に向かう。駐車場前では女性たちがおり、その一部は寺院の来訪者に金をせびっていた。ガイド曰く、身寄りのない女性が"special service"を行うのだという。最初は意味がわからなかったが、これ、よく考えてみたら娼婦じゃないか。うーん。仕方なくこういうことをやっているんだろうなあという人もいたが、しきりに金をせびっていたヴェールの女性はまるで刺すような目つきをしており恐ろしかった。

 

ホテルに帰る前に土産物屋に寄ることになった。インドではガイドと土産物屋がグルになっているという話をよく聞く。インドの神々の絵や金属の彫刻が売られているが、あまりお土産に興味がなかったので、ここをそそくさと後にした。彼らも生活がかかっているので仕方がないと言えば仕方がない。ガイドや店員も押し売りをしてくるということはなかったので、まあ許容である。

ホテルに戻り、少し休んで夕食。こちらもビュッフェ形式である。イタリアから来たという外国人観光客の集団が夕食を食べていた。料理はまずまずの味であった。

Sangam Hotelのロビー

この日はヒンドゥー教の真髄の片鱗に触れ、タミルの祭日であるKarthika Deepamを体験し、そしてヒンドゥー寺院建築の金字塔を目の当たりにするという、筆舌に尽くし難い体験ができた1日であった。間違いなく今回の南インド旅行のハイライトの一つであったと、今から振り返ってみても思う。

明日は車でマドゥライへ向かい、ミーナークシ・アンマン寺院や宮殿、マドゥライ市街の観光を行う。ミーナークシ・アンマン寺院は全インドからの巡礼者を集めるという大きな寺院。どういう体験が私を待っているだろうか。