Le Chèvrefeuille

世界は遊覧、思い出の場所であり、われらは去りゆく者

パタゴニア(4) 砂の岬

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8時ごろUberにてホテル発

H2 401 1038PMC 1249PUQ

プンタアレーナス市街観光(+α)

Hotel José Nogueira泊

 

朝起床して、ゆっくり朝食を食べる。

朝食の会場はガラス張りになっており、美しいジャンキウエ湖が相変わらず青々とした水をたたえている。昼に移動ということもあり、朝食は多めに摂取しておいた。

部屋に戻り、荷物をまとめ、チェックアウト。

 

Uberを呼ぼうと思ったら、クレジットカードの支払いが拒否された。昨日ドイツ人が話していたクレジット詐欺の記憶が蘇る。まさか。明細を開けてみると、記憶にない、驚くほど高額な支払いが複数されている。しかもさらに仮想通貨サイトと思われる謎のサイトで何度も金が使われた形跡がある。この取引でカードが止まったらしい。Uberはもう一方のカードで呼ぶことができたが、もしこれが1/28のタクシーの金銭徴収人の犯行であれば、もう一方のカードもすでに暗証番号などの情報が奪われており、同じように高額請求がされている可能性がある。にわかに心がざわめきはじめた。プエルトバラスから空港までの風景はたいそう美しいものだったはずだが、そんなものはあまり目に入らなかった。ひとまず大部分の支払いが済んでいる今の状況では旅行を続行するしかない。プンタアレーナスへの飛行機に乗り込んだ。

 

スカイ航空は新しい機材が使われているものの、シートピッチは狭く、窮屈だった。プエルトモントを出発してしばらくは雪をいただいた美しい山々が見えたが、次第に雲に覆われた景色となる。

山火事の現場も見えた

2時間ほどのフライトで、低い雲に覆われ、濃い青緑色の海と起伏の少ないモスカラーの大地が現れた。いよいよ、南米最南端パタゴニアの一角に足を踏み入れる。本来この瞬間はワクワク感を持って迎えたかったものだが、漠然とした焦燥感、そして何をすべきかという考えがひたすら駆け巡っていた。

 

ひとまず旅行の続行が不可能になってしまってはまずい。アルゼンチン側を手配してくれた旅行会社に、現在一方のカードが不正利用で止まったこと、もう一方のカードもいずれ止まる可能性が高いことをこの時点で連絡した。

プンタアレーナスで荷物を回収し、Uberを呼ぶ。この時点まではなんとかもう1つのクレジットカードが使用できた(が、これを最後に使用できなくなった)。鉛色の雲に覆われた暗い海岸沿いに一直線、プンタアレーナスの市街に到着。

本日のホテルはJosé Noueira。サラブラウン宮殿というマゼラン海峡貿易で財を成した富豪の邸宅の一部を改装してホテルとしたもの。そのうち1室は水色を基調として水玉模様のカーテンなどの装飾がおしゃれで、滞在を楽しみにしていた。チェックインよりわずかに早い時間に到着したので、受付の青年と話して時間を潰す。お調子者な感じではあるが、話してみると案外悪いヤツではない。チェックインし、ひとまず美しいシャンデリアの吊り下がった部屋に入り、ベッドに横たわった。

サラ・ブラウン宮殿。この一角にホテル、Jose Nogueiraがある
美しい客室。最高の気分で過ごしたかったものだが

さあどうしたものか。まずは現状を整理しなくてはいけない。幸いチリのeSIMカードは15ギガバイト分あり、すぐに枯渇することはまずない。日本に連絡するにしても、日本とは12時間の時間差がありすぐには物事を動かすことができない。まずは観光・散歩をすることにした。

ホテルと同じ建物内のサラ・ブラウン宮殿。こちらは入場料2000ペソである。

サラ・ブラウン宮殿入口

内部の装飾はアールデコ調で、木を多用した落ち着いた雰囲気。装飾、調度品は全てがとても凝っており、ここが南米最南端、最果ての地の一角とは思えない豪華さである。この物寂しい大地と部屋で富豪たちは何を思ったのだろうか。ヨーロッパへの郷愁か。

 

サラ・ブラウン宮殿を出て、次はマガジャネス州立博物館へ。こちらもサラ・ブラウン宮殿のように19世紀後半に建てられた立派な建築だが、内装工事のため閉館していた。残念。

プンタ・アレーナスの町並みは、ネット上の写真や過去に見た写真集からは殺伐としていて寒々しい印象を持っていた。確かにグレーの雲が覆う空、夏でも低い気温で寒々しいのは事実だが、案外様式の整った建築が並んでいる場所が多く、小綺麗にまとまっている印象である。壁はカラフルに塗装されるのではなく素材の色がそのまま生かされており、建築様式としては典型的なラテンアメリカのそれというよりは北ヨーロッパのそれに近い感じがする。

外国人観光客がまばらであったプエルトバラスとは打って変わりヨーロッパ人観光客がかなり多く、日本人や韓国人の観光客も多く見かけた。しかしながら観光客ばかりというわけではなく、メスティーソと思われる先住民系の風貌を持つ人も含め、地元の人間も数が多く町としては賑わっており、地元の人の暮らしの息遣いが感じられる町でもある。

先住民とマゼランの像

しばらく歩き、丘を登って展望台へ。

展望台からは意外にも大きな広がりを有するプンタアレーナスの市域、眼前に大きく広がるマゼラン海峡が見えた。雲の合間より時折太陽が覗き、家々が明るく照らされる。

 

一旦ホテルに戻り、ベッドに横たわる。

混乱と動揺と怒り、あの時現金を手に入れるために外に出ていなければ、あの時あのタクシーを利用していなければ、そもそもチリの手配も旅行会社に任せていれば…という後悔と自責の念が一気に湧き上がってくるが、今やるべきことは冷静に状況に対処し、この旅行を完遂すること、そして不当に奪われた請求をあらゆる手段を使ってカード会社に補償させることである。空港のどこにチケットブースやATMがあるかなんて国によって違うので予想がつかないし、事前にネットで得られる情報は大抵不十分である。そして無線を持ち空港職員に似た服装の客引きは、初めて空港を訪れたものならオフィシャルタクシーだと思うだろう。どう思考を巡らせても、自分がこの状況を回避できる方法はほとんどなかったという結論に至る。

このような境遇になるとは想像だにしていなかったが、同じような被害に遭遇したというドイツ人昨日とたまたまWhatsAppを交換していたため、コンタクトを取ってみる。彼女はPDIという一種の警察(入国審査の時にレシートをくれるのもPDIだ)のオフィスに相談したと教えてくれた。不当な請求があった状況について訊いてみるとどうやら自分とかなり似た境遇であったらしい。善良にしか見えない巧妙な客引き、監視のない場所で金銭徴収を行う男。考えれば考えるほど巧妙かつ組織的な犯行なのではないかという疑念が浮かんでくる。まずはPDIに行くことにした。まさか現地の警察のお世話になる日が来るとは。。。

海外旅行ではあらゆる危険を回避する行動を心がけてきたつもりだったが、今までぼったくり程度で済んでいたのは単なる偶然、幸運に過ぎなかったこと、こういう危険を回避するために旅行会社に送迎の手配をしてもらった方が安上がりであったという現実を直視せざるを得ない。

早速ホテルのフロントにクレジットカードが不正利用されたらしくカードを利用した支払いがもうできないこと、PDIに行くことを告げておいた。ホテルのスタッフたちは大変驚いた様子だったがおおむね同情的であった。

PDIのオフィスはホテルから数ブロック離れたところにある。対応してくれたスタッフはデルポトロに似た風貌の男で、人の良さそうなわずかに英語を話すことができるが、あまり上手ではないらしい。Googleの翻訳アプリを介して会話をする。まずはカードが不正利用されたという現状を説明。国際カードなので管轄権がないこと、保障を受けるためにはCarabineroという警察組織で被害届を出すこと、そしてカード会社に対して滞在を証明する書類が必要であることを教えてくれた。CarabineroはPDIの建物の斜め向かいにある。ほど近くに滞在証明書を発行するImmigration officeがあるが、これは午後1時に閉まってしまうため明日訪れて滞在証明書をもらうように、午後1時までに行けないようならばPDIを再訪するように、PDIのスタッフは私に言った。幸い明日のツアーは午前で終わる。不幸中の幸いというか、まるでこの犯罪に遭うことを想定していたかのような日程である。

Carabineroに行くと、門番として男が立っている。この男に状況を説明するが、スペイン語しか話せずなかなか話をわかってくれない。クレジットカードの番号が騙し取られ不当に高額な請求がされていること、保障を受けるために被害届が必要であることを何度も説明し、ようやく理解してもらえた。どうやらここはCarabineroの出張所のようなところで、書類仕事をするオフィスは別のところにあるらしい。タクシーで行くようにと言われたが、わずかな現金は日本に帰るために使わなければいけない。そんなお金は無いというと、連れて行ってやるからちょっと待て、と言われた。

5分ほど待っただろうか。Carabineroの前に警察車がやってきた。彼は私を警察車に乗るように案内した。言葉は通じないが案外優しい男だった。深く感謝の意を述べ、警察車に乗り込んだ。中ではカーキ色の軍服のような服を着た男女の警官が座っている。警察の車なのだが和気藹々としていて中では陽気な音楽が流れている。なんだか楽しそうだなおい。日本では到底想像がつかない。警官たちにどうしたのかと聞かれたので、クレジットカードの情報を騙し取られ不当な請求がされた、合計額は90万CLPに上る、という話をしたところ唖然としていた。街のはずれのオフィスで降ろされ、担当のところへ連れて行かれる。

取り調べ担当は女性だった。こちらも陽気な音楽を流し、時折腕時計を見ながら仕事している。面倒臭いんだろう。時刻は6時を回っているので、気持ちはよくわかるが、こっちは必死なのでちょっと粘ってくださいお願いします。こちらも英語は全く通じなかったので、カードの被害についてなるべく詳しく説明した。「1枚のカードで詐欺に遭ったのに、なぜもう1枚差し出したのか」「この国で告訴するためには1ヶ月以上の滞在が義務付けられている。あなたの滞在期間ではそれは不可能だ」などと色々厳しい尋問がされたが、なんとか言葉(翻訳アプリは偉大である)を尽くして説明し、一方のカードが使えないという現象は海外では比較的よくあることであるためもう一方のカードで支払おうとした(がその場では失敗したということになっていた)こと、そして告訴ではなく必要なのはカード会社や銀行に提出する被害届であることを説明した。時折不機嫌そうな様子を見せつつも調書を作ってくれ、1時間程度で被害届を手に入れることに成功した(帰国後に書類を精査すると被害額など正確でなかったりしたのだけど、その時は被害届をもらうことに精一杯で、内容の精査などする余裕がなかった)。

取調官の女性には翻訳アプリで謝意を述べた。「プンタアレーナスにくるのは高校生からの夢でした。本当にありがとう」と伝えた。これは全く嘘ではない。プンタアレーナスに訪問する際に、こんな状況に陥っているとは予想だにしていなかったが…

 

建物の外に出たがここは南緯53度の真夏。曇り空とはいえまだまだ明るい町はずれの道を、1km弱歩いてホテルに戻った。食事をしなくてはならない。あまりお高いところでは食べられないが、それでもこの最果ての地までわざわざやってきたのだ、ここでしかできない体験をしたい。しなければならない。Lomito'sという大衆食堂に行くことにした。

ここはまるでファミレスのような内装で、観光客ではなく多くの地元住民で賑わうレストランだった。オレンジジュースと、アボカドと肉のハンバーグを注文。肉は冷凍ではなく、この店で焼いているようだ。10分ほど待つと、大きくて質素なハンバーグがやってきた。アボカドと肉以外に味のアクセントが何一つないので単調で飽きてくるが、節約しなければならないのだから背に腹は代えられぬ。とてもやるせない気持ちではあったが、店内ではクンビアのPVが流されており、地元民向けの大衆食堂感が満載で、ローカルな空気を味わうという意味では最適なレストランだったと思う。

 

夕食を終え、ホテルに戻る。

Carabineroに行って被害届は得たものの、まだやることはたくさんある。

ホテルはBooking.comで予約している。直前にならないと支払いがされないシステムである。持っている現金が少ないし、宿泊費用は案外高いので、支払いがされていないと詰む。調べたところ、プンタアレーナスの滞在中のホテルと、ウシュアイアのホテルまでは支払いがされていた。この直後にカードが止められてしまったようだ。ギリギリ旅行の続行は可能かもしれない。しかし宿泊費用を現金で払うと、ほぼ持ち金の全てを使ってしまう計算になる。考えられる方法は宿泊施設にpaypalなどの送金で支払うか、もしくは旅行会社に手配してもらい費用を別途支払うという方法。前者の方法が可能な施設ばかりではないので、まずは後者の手段をあたってみるしかない。

エルカラファテで3連泊する宿については支払いがされているか不明瞭であったこと、宿の女将が日本語ができる人であったことから直接コンタクトを取って支払い方法について確認することにした。幸い連絡先を得ることに成功し、WhatsAppで現状をお話し。PayPalの使用が可能である旨を確認した。

旅行会社からのレスポンスは現地と時間が逆転しているはずであるが非常に対応が早く、手数料はかかるが宿泊を旅行会社経由で予約し、Booking.comの予約をキャンセルすることで実質的に支払いを代行してもらうという方法を検討するという返信を得た。

まず旅行の続行を可能にしたのち、カードの現状確認と廃止手続きに取り掛かる。残念ながら日本はWhatsApp後進国だから、日本のそれぞれのカードデスクに国際電話をしなければならない。家族にコンタクトを取ってカードの番号を教えてもらい(まるで振り込め詐欺の手法のようで我ながら恐ろしいが背に腹は代えられぬ)、国際電話100分のついた国際SIMカードを購入し、日本国内に直接電話をかけた。「オペレーターにつながるまであと○分かかります」という案内、電話待ち時間が非常に惜しく焦る。まずはWebで明細を確認したカード。こちらの現状を報告し、カードを止めること、そして疑わしい明細を調査してもらうことをお願いした。こちらの連絡は旅行期間中、4-5日後となるとの返信を得た。もう一方のカードはWebで明細を確認できないタイプのものであったため、電話で確認してもらう。やはり前者ほどではないが不審な高額決済があったようだ。すぐにカードを止めてもらい、この取引についての審査をお願いした。連絡は帰国後になるとのことであった。旅行会社にも電話をかける。国際電話ができる時間が限られているが手短に切迫した状況を説明し、先述したような料金未払い宿の手配が可能であるか至急検討する旨の返答を得た。当然家族にも連絡し迷惑をかけてしまっていることを謝罪した。

 

明日はペンギンツアーらしい。当初の計画ではテムコに2泊、プエルトバラスに2泊し、プンタアレーナスは1泊するだけの予定であった。そして初日は日帰りサンティアゴ観光ツアーを検討し、一旦は申し込みをしていた。もしそのようにしておけば今こんな被害には遭っていないだろう。非常に無念だ。早朝からのツアーで朝食を食べる時間がないため、可能ならば弁当を作ってくれないかフロントに話してみる。本来弁当は有料のサービスであるとのことだが、事情を話すとあまりにも憔悴した表情を読み取ってくれたのか、大丈夫ですお金のことは心配しないで!と言って、どんな食べ物が必要かのリストを作ってくれた。これをレストランの方に伝えてくれるのだという。心からの厚意に深くお礼した。感謝の言葉しかなかった。

一寸先は闇とはよく言ったもので、昨日までの幸せな旅行もあっという間に状況が一変し、少ない現金で日本まで戻ることができるかどうかというところまで追い込まれた。まさにアポロ13号のような状況である。しかし危機は旅行初日からすでに、忍び足で私の旅行を蝕んでいたのである。それに私が気づいていなかっただけだった。明日はどうなるかわからないが、ひとまず寝るしかない。そうすれば思考も多少は整理されるだろう。